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障がいって言うけれど…若い世代の叫び

人はみな少しずつ違う。だからこそ個性が生まれる。

岩崎賢一 朝日新聞記者

「『命の選択』本当に正しいのか」 高校生 宮田彩花(神奈川県 17)
 出生前診断で、胎児に染色体や遺伝子の異常があるかを診断できると聞いた。結果を知り、人工妊娠中絶の手術を受ける人も少なくない。「命の選択」ができるようになったとも言える。
 障がいを抱えた人が身近にいる私は疑問に思った。なんだか障がい児は生まれてくる価値がないと言われているみたいだった。
 胎児に大きな病気があるかを知ることは大切なことだ。でも、出生後に障がいを伴う病気だから中絶するのは違うとも思う。仮定の話だが、もし皆がそうすれば、障がいがない人だけの社会になってしまう可能性がある。科学の進歩で、優れた能力がある人だけが生まれる偏った社会になってしまうかもしれない。
 障がいのある子に接していると、純粋で優しい子が多く、社会の役に立とうと彼らにしかできないことを探していた。そんな彼らのチャンスを奪うのではなく、彼らに対する理解を私たちが深めるべきだと思った。誰だって存在価値はあるのだから。「命の選択」は、本当に正しいのか。私は出生前診断のあり方と私たちの考えを、もう一度見直すべきではないかと思う。(2018年8月25日朝刊)

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 高校生の宮田さんは「自分だったらどんな子どもでも受け入れると思いますが、人工中絶した人も簡単な決断ではなかったと思います。だからこそ、何のための診断なのか考えてしまいます。障がい児の子育てに不安があること、障がい=不幸というイメージが人々の中にあるのかもしれません。私は社会が変わるべきだと思います」と話してくれた。

「私たちの意識こそ配慮欠く」大学生 佐藤こうみ(千葉県 20)
「障がいは言い訳にすぎない。負けたら、自分が弱いだけ。」
 東京都が制作したパラリンピックのポスターに載った言葉が、配慮に欠けると批判を受け、撤去されました。でも、この批判を簡単に認めてしまってよいのでしょうか。
 この言葉は、何かに負けたとき、原因は自分の弱さで障がいはただの言い訳だ、と受け取れます。これを、頑張っても出来ないことがある障がい者に対して言うのは残酷だと批判するなら、それは知らないうちに、障がいが理由で何かができないことは負けである、という前提に立っていませんか。
 人が自分では変えられないもののために困難を抱えているとき、誰かの手を借りるのは負けではないし、その人自身の弱さでもありません。私たちが目指している共生社会は、助け合うのが当たり前であるはずです。
 ポスターの言葉は、何かに負けたとき、障がいのある人もない人も同じように、自身の弱さに向き合うのだと解釈できるとも思います。私たちは同じところにいるのだと。
 本当に配慮が欠けているのは、私たちの意識の方ではないですか。(2018年10月23日朝刊)

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 このポスター撤去は、テレビのニュース番組でも報じられた。佐藤さんは、そのニュースを母親と一緒に見ていて議論になったという。

 母親は病院で働く作業療法士。おじは、事故で足を切断し、障がいを抱えている。母子で議論をし、「都が撤去するのはおかしい」という話になったそうだ。

 「選手の本意は違うところにある、と都は説明しながら、撤去の判断をしました。もう少し、市民に理解をしてもらう努力をすべきで、すぐ撤去することによって、波風立てないようにするのは間違っていると思いました」という。


筆者

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき けんいち) 朝日新聞記者

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで医療や暮らしを中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当を経て、現在はオピニオン編集部で「論座」編集を担当。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)。 withnewsにも執筆中。

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