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【ヅカナビ】月組『エリザベート』

集大成の愛希シシィを珠城トートががっちり受け止める

中本千晶 演劇ジャーナリスト


 月組『エリザベート』が11月18日をもって千秋楽を迎えた。それは、ひとことで言うと「面白いエリザベート」だった。

 ご多分にもれず、私もこの作品が好き過ぎて「舞台と同時並行で脳内でも台詞が再生されてしまう病」にかかっている一人である。だが、今回は舞台の方に「あれっ! そう来たか」と驚かされることの連続だったのだ。

 再演も10回を重ねると、どうしても様式化が進みがちだ。そこを敢えて初心に帰り、キャストそれぞれがその人らしい芝居をみせてくれた。かといって奇をてらっているわけでもない、あくまで等身大の役作りである。まさに「芝居の月組」らしい人間ドラマを見せてくれた、新鮮に楽しめる『エリザベート』だったと思う。

トートとシシィの愛の成就に不覚にも涙した

 ます特筆すべきは、今回の『エリザベート』がじつに「ラブロマンス」だったということだ。その意味でタカラヅカ版らしい『エリザベート』だったと言っても良いと思う。

 愛希れいかのシシィ(=エリザベートの愛称)は扉から出てきた瞬間から、溢れんばかりの生命力を感じさせる。まさに「もぎたてのフルーツ」という表現がぴったりだ。その命の煌めきがトートの心を捉える。だが、その瞬間からトートにとって自身が「死」であること自体がコンプレックスになってしまうのだ。

 珠城りょうのトートは血の通った人間トートだった。シシィに心撃ち抜かれた瞬間から、怖いものなしの黄泉の帝王が、大きなコンプレックスを背負ったひとりの男になってしまう。万能の力強さと繊細さの落差が魅力のトートだった。

 「死は逃げ場ではない!」という名台詞がある。今まではこの台詞には何やら哲学的な深い意味が込められているような気がしていたのだが、今回そんな小難しいことは考えなくていいのだとわかった。「俺をただの逃げ場にしないでくれ、ちゃんと愛して欲しい!」という、ひとりの男のシンプルな叫びなのだ。そこからの「愛と死の輪舞」への繋がりの何と自然なことか。

 この公演で卒業する愛希の集大成ともいえるシシィには、愛希自身の娘役人生が重なって見えた。シシィの代表曲「私だけに」は、まるで娘役を縛りつける諸々のタカラヅカ的なお約束を吹き飛ばして、力強く生きていこうという決意表明のようだった。そして事実、愛希れいかは唯一無二のトップ娘役となったのだ。

 ラストの昇天シーン、全ての殻を脱ぎ捨てて素に戻ることができたシシィがトートの広い胸に安心して身を委ねる。そのとき、不覚にも涙してしまった。まさかこのシーンで涙する日が来ようとは。これほど素直にラブロマンスとして感情移入できた『エリザベート』は初めてである。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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