ジェシカ・ベネット 著 岩田佳代子 訳 海と月社
2018年11月26日
あなたが何を選ぼうと、どれだけたくさん旅をしようと、願わくば、淑女になる道は選ばないで。ルールを破り、世の中に多少の波風を立てる道を見出すことを願ってるわ。――ノーラ・エフロン(『フェミニスト・ファイト・クラブ』より)
今年のわたしは、いつにもましていらだっていたように思う。中年女性の心身不調の原因はホルモンだなんだといわれるけれど、きっと、そればかりじゃない。自分のこれまでや社会に対して、若いころと違う見渡し方ができるようになったことで自覚する、憤りや憂鬱も一因なんじゃないだろうか。
どこからどうみても極悪で有罪なのに、放免され、被害者がバッシングさえされる性暴力。数字で一律にジャッジされると思っていた受験での、女子学生差別。
ウソっぱちのルールがまかりとおっているのは、当然、報じられているケースだけじゃない。ほとんどの女性に心あたりがあるはずだ。あのときのあれは、フェアじゃなかった、差別だ、と。女たちの「長すぎる戦い」については、最近、待望の日本語訳が刊行された、レベッカ・ソルニット『説教したがる男たち』(ハーン小路恭子訳、左右社)にも詳しい。
わたしのいらだちは、世の中だけでなく、自分にも向かう。個人としてサバイブすることに汲々とし、ルールそのものに立ち向かわずにきたんじゃないか。わたしも、そのルールの維持に加担してきた一人なんじゃないか――。
この痛みとは、おそらく、ずっとつきあわなくてはいけない。
だけど、そんな自分を励ましてくれる本も、近ごろ、たくさん刊行されている。
前述のソルニットもそうだし、『日本のヤバい女の子』(はらだ有彩、柏書房)や、『世界を変えた100人の女の子の物語』(エレナ・ファヴィッリ、フランチェスカ・カヴァッロ/芹澤恵、高里ひろ訳、河出書房新社)も。
なかでも、海を越えて「おんなじ!」と感じ、実用的な戦い方を指南してくれたのが、本書だ。
『フェミニスト・ファイト・クラブ――「職場の女性差別」サバイバルマニュアル』(ジェシカ・ベネット 著 岩田佳代子 訳 海と月社)
この本の著者、ジェシカ・ベネットは、『ニューズウィーク』や『ニューヨーク・タイムズ』でキャリアを積んできたジャーナリスト・評論家。ジェシカは、20~30代の女ともだちたちと、ワインとパスタを手に誰かの家に集いグチりあう会(いわゆる、女子会!)を「フェミニスト・ファイト・クラブ」(以下、FFC)と命名し、対話を深めていった。
女の子はなんでもなりたいものになれる、やりたいことがやれる、そう思って育ってきた彼女たちの世代だったのに、いざ社会に出て働くようになると、いたるところで性の「地雷」に巻き込まれる。この「地雷」は、なんなのか。
ジェシカは働いてきたジャーナリズムの現場で、露骨な性差別はなかったという。だけど、掲載記事の本数には明らかな男女差があり、長い間に染みついた男性たちの態度は、1世紀程度で簡単に消えはしなかった。
「気立てがよくなくてはいけないが(女性はみんなそうだから!)、よすぎてもダメ(人のいいなりにはなりたくはないだろう)。母親らしさは必要だが(人の面倒をみるのは当然だから!)、本当に母親になってしまってはダメ(母親は「ビジネスの場にふさわしくない」とされてしまうから)。信頼されるよう自信は持たなければならないが、持ちすぎてはダメ(高慢な女性は嫌われるから)」
洋の東西を問わず、つまり、やはり、女たちは聖母であり、淑女であることが(そしてたぶん、ビジネスの場以外では娼婦であることが)、求められてきたのだ。
「すべての女性は、もうこれ以上我慢しないですむ勇気と、情報と、強靭な意志と、覚悟、そして誰にも、どんな組織にも負けない強さを身につけることができる」
「女性は誰でも戦士の心を持っているのだから」
ジェシカは読者を紙上FFCに誘い、ユーモアたっぷりに、さまざまな場面での傾向と対策を解説する。
ひと昔前には、日本でも女性ばかりがお茶くみをさせられるということがあったが、アメリカでも長らくコーヒーは女性がいれるものとされ、それをめぐる攻防があったとは知らなかった。そのことは、ジェシカ曰く「敵」の一つである「雑用押しつけ男」についての一文で、コラムとして紹介されている。
「敵」は「雑用押しつけ男」だけではない。「邪魔男」「上から目線男」「サボリ男」等々。対して、女性が処世のためにとるふるまいや喋り方の問題も整理される。あるあるの連続だ。
コミカルな表現、実用書らしくメリハリのある章だてとイラスト満載のこの本だが、緻密で具体的な分析と提言からは、コミュニケーション、とくに言葉のなかにある権力性が浮かびあがってくる。日々の何気ない行為や言葉のなかにこそ、わたしたちが抗い変えていくべき世界がある。
この男性上位制の中で求められる女性らしさを引き受け、成功を求めるのだとしたら、行きつく先は、女性政治家に見られるような「名誉おっさん」だろう。
だが、FFCのルールの3には、こうある。
「私たちの敵は男性上位制であって、女性同士で闘うつもりはない」
つい最近、「母の慈愛を」と言われ、「大変傷ついた」と表明した、政治家のことを思いだした。政治家としては好きじゃないけれど、彼女の痛みを想像し、異議申し立てに素直に共感した。
この本の中では、仲間、助けあいが、くりかえし語られる。
本書の書名に掲げられた「フェミニスト」という言葉は、ネット上で顕著なように、ときに揶揄の対象とされる。一方で、これまでの「フェミニズム」は、主義や論として正義を審判するような面もあったのではないか。さまざまな経緯で現在の境遇にあり、それに困難を覚えている人に、その境遇のあり方がそもそもまちがっていますと説いても、救いにはならない。
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの言葉を、もう一度、思いだしたい。「We Should All Be Feminists」。男性にとっても息苦しい、このルールに疑問をもち、抗いたいと思う人は、みな、フェミニストと名乗っていい。フェミニストを拡張せよ。
あるいは、ウーマンリブのころに使われた、シスターフッドという言葉を使うのもいい。この本は、シスターフッドに溢れている。「FFCのメンバーであるということは、ほかのすべての女性を助けると誓いを立てたということだ」(FFCのルール4)。
ただし、FFCは、戦いは長く続き、平等になるには時間がかかるので、スウェットを着てリラックスすることや、十分な睡眠の大切さを解くことも忘れない。
戦場のガールズライフは続く。おばちゃんになっても。
いや、むしろ、少なからぬおばちゃんたちこそが、女の子だった自分を心に宿らせ、自分自身だけでなく、今現在や未来の女の子たちを解放したいと、臨戦態勢にあるはずだ。
ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、明日からを戦おう。この本を読んで、さぁ、一緒にFFCへ!
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間2万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。
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