2018年11月28日
『寝ても覚めても』のはらむサイコスリラー的な要素については、じつは蓮實重彦氏がすでに、濱口竜介との対談で興味深い発言をしている(蓮實氏は「サイコスリラー」ではなく、「怪奇映画」というタームを使っているが:対談 濱口竜介×蓮實重彦「さいわいなことに、濱口さんも役者が好きなんです――『寝ても覚めても』をめぐる三つの問題点」、『ユリイカ/特集・濱口竜介』、2018年9月号所収、青土社)。
蓮實氏はこう言う――「イメージの類似〔ないし瓜二つ〕というのは映画ではいちばん難しくて、悲劇、あるいは犯罪劇としては『めまい』(アルフレッド・ヒッチコック監督、一九五八年)がありますよね。〔……〕それから喜劇としてはプレストン・スタージェス〔監督〕の『結婚五年目〔DVDタイトル:パームビーチ・ストーリー〕』(一九四二年)〔……〕があって、ほとんど同じ人がみんな似てしまう〔一組のカップルと瓜二つのもう一組のカップルが唐突に登場する〕。ところが、『寝ても覚めても』はシリアスな、むしろメロドラマと言っていいわけでしょ。メロドラマに類似を導入するという大胆さはどこからきたんでしょう」。
この蓮實氏の発言に対し濱口竜介は、二人のよく似た男という、柴崎友香の原作の設定にインスパイアされつつ、映画でそれをやるなら一人二役しかないと直感的に思った、という意味のことを述べる。それを受けて蓮實氏は、後半の、麦(東出昌大)がレストランの奥から出て来て、亮平(東出昌大/2役)とワンショットの中に収まる合成画面に触れ、あれはどのように撮ったのか、と濱口に問う。濱口によれば、深夜まで苦労して、特殊技術による合成画面を作りあげ、普通〔リアル〕の人・亮平と、幻想的〔アンリアル〕な麦という対比がいちばん際立つように撮ったというが、あの幻惑的なショットも、本作の最大の見どころのひとつだ。
そして後段で蓮實氏は、「〔『寝ても覚めても』は〕怪奇映画じみた感じもありますよね」、と注目すべき発言をする。それに対し濱口は、「それはカンヌ〔国際映画祭〕でもよく言われました。どちらかというとすべて現実の話として演出しているんですけれども、自然と怪奇的な方向に物語が引き裂かれていくというか」、とやや言葉を濁しているが、私見によれば、すでに述べたように、恋愛という病に取り憑かれた朝子(唐田えりか)の意識/無意識の中で、麦と亮平の同一性をめぐる認知の歪みが生じるというアンリアルさが、そしてそれを増幅する麦という幽霊的な人物のアンリアルさが、この映画をサイコスリラー/怪奇映画に接近させているのだと思われる。同語反復になるが、本作は恋愛の理不尽さを極限まで描くことで、恋愛映画というジャンルの臨界点に触れ、それゆえにこそ、サイコスリラーに接近してしまったと思われるのである。
もっとも、じつは濱口はかなり意図的に、サイコスリラー、ないし怪奇映画の要素を作中に見え隠れさせているようにも思われる。たとえば、冒頭の大阪における朝子と麦の出会いの場面でも、朝子と亮平の距離を縮めるきっかけとなる東京での場面でも、舞台となるのは牛腸茂雄の写真展であり、しかも、どちらの場面でも朝子が見入るのは牛腸の「双子の姉妹」の写真であった(朝子は麦と出会う以前から、「双子」のイメージに執着している)。つまり、その二つの場面で示されるのは、おそらく、朝子に取り憑いている<双子/分身・ドッペルゲンガー>という「類似」の観念であるが、それは映画の中では顕在化することのない、潜在的な主題にとどまっていると言える。
ところで、すでに触れておいたが、『寝ても覚めても』の物語とは、ヒロインの朝子が、ありえないような偶然の連鎖を、あたかも必然=運命のように生きてしまうドラマでもある。冒頭の麦との一目惚れしかり、麦と亮平が同じ顔であることもしかり、東京での朝子と春代(伊藤沙莉)の再会もしかり……。とりわけ重要なのは、やはり麦と亮平の顔が瓜二つであるという偶然だろう。この偶然こそが、本作のドラマをスリリングに駆動する――すなわち朝子の動揺や混乱や、一見不可解な行動を生む――最大の理由となるのだから。
濱口竜介は、この偶然の理不尽さを、そしてそれがもたらす、朝子の恋愛における認知の歪み/狂いの理不尽さを、理不尽さそのものとして、謎解きや心理説明をいっさい排して語り切ったのだが、ただし前述のように、牛腸茂雄の写真を作中に二度さし挟むことで、瓜二つの麦と亮平をめぐる<双子・分身/ドッペルゲンガー>のモチーフを、伏在/潜在するものとして、かすかに意味ありげに暗示したのではないか(むろん物語上では、麦と亮平は分身同士などではなく、まったくの別人だし、また濱口は、別のインタビューで本作は分身の主題とは無関係だと述べている)。
ここで、『めまい』について付言しておこう。蓮實氏はくだんの対談で、
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