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濱口滝沢美穂子撮影拡大濱口竜介監督=撮影・滝沢美穂子

極限的な恋愛映画『めまい』と『寝ても覚めても』

 ところで、すでに触れておいたが、『寝ても覚めても』の物語とは、ヒロインの朝子が、ありえないような偶然の連鎖を、あたかも必然=運命のように生きてしまうドラマでもある。冒頭の麦との一目惚れしかり、麦と亮平が同じ顔であることもしかり、東京での朝子と春代(伊藤沙莉)の再会もしかり……。とりわけ重要なのは、やはり麦と亮平の顔が瓜二つであるという偶然だろう。この偶然こそが、本作のドラマをスリリングに駆動する――すなわち朝子の動揺や混乱や、一見不可解な行動を生む――最大の理由となるのだから。

 濱口竜介は、この偶然の理不尽さを、そしてそれがもたらす、朝子の恋愛における認知の歪み/狂いの理不尽さを、理不尽さそのものとして、謎解きや心理説明をいっさい排して語り切ったのだが、ただし前述のように、牛腸茂雄の写真を作中に二度さし挟むことで、瓜二つの麦と亮平をめぐる<双子・分身/ドッペルゲンガー>のモチーフを、伏在/潜在するものとして、かすかに意味ありげに暗示したのではないか(むろん物語上では、麦と亮平は分身同士などではなく、まったくの別人だし、また濱口は、別のインタビューで本作は分身の主題とは無関係だと述べている)。

 ここで、『めまい』について付言しておこう。蓮實氏はくだんの対談で、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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