
『ボヘミアン・ラプソディ』の公式サイトより
1975年に大成功したバンドが再評価される理由
中学1年生のころは週末になると、新宿にあった某オーディオメーカーのショールームに通い詰めていた。
なにしろそこでは、最新のオーディオ体験ができるのである。安いモノラルのラジカセしか持っていなかったし、ステレオを買ってもらえる可能性もゼロに等しかったので、満たされない気持ちをそのショールームで発散していたのだ。私の音楽的な基礎の何割かは、いまはもうないあのショールームで培われたといっても過言ではない。
ワンフロアを使った広いスペースの中央部分に、厚いガラスの壁に囲まれたリスニングルームがあった。そこではよく試聴会が行われており、最新のレコードを爆音で聴かせてもらえた(余談だが、そこで開催された洋楽のイントロ当てクイズで2位になったことがある)。
試聴会に関していえば、いまでもはっきり記憶に残っているのは、クイーン『オペラ座の夜』の衝撃である。
彼らはその前年の秋に、『シアー・ハート・アタック』というアルバムから「キラー・クイーン」をヒットさせていた。実質的に、彼らの名を知らしめた初のヒット・シングルだった。
『オペラ座の夜』は、そこから1年弱の時を経て1975年末に発表された4枚目のアルバムだ。シングルになったのは、「ボヘミアン・ラプソディ」というエキセントリックな楽曲。
オペラの要素が過不足なく盛り込まれていたこともあり、それまで知っていたロックとはちょっと違う印象があった。6分あるので「シングル向きではない」と反対されたというような話も伝え聞いてはいたが、目まぐるしい展開が新鮮で、長さを意識させることはまったくなかった。
だがオーディオメーカーのショールームで聴いたときには、聴き慣れていたはずの同曲がまったく違う曲に聞こえたのだ。なにしろ、音が左右にばんばん飛び交うのである。そればかりか、低音が腹にずんずん響いてくる。モノラルのラジカセで聴いていた人間には、絶対にわからない感覚だった。
もっとも現代の若者は、「ステレオかモノラルか」なんて気にしないのかもしれない。なにしろ当時から40数年が経ち、オーディオのあり方も激変しているからだ。が、少なくとも私はあの体験があったからこそ、「ステレオサウンド」のすごさを実感したのだ。
極論を言えば、クイーンから「モノラル」と「ステレオ」の違いを、あるいはバンド・サウンドのダイナミズムを教えられたようなものなのだ。それは、いまなお続くオーディオに対する好奇心の源流でもある。
話が脱線していると思われるかもしれないが、決してそうではない。クイーンは当時から、ハイファイ的な意味合いにおいてもかなり実験的なバンドであり、数々のチャレンジを成功させたバンドでもあったのだ。
特に70年代の創造性には目を見張るものがあり、いま聴きなおしてみても……というよりも、ハイレゾなど最新のオーディオ環境で聴きなおしてこそ、その真価を実感できるともいえる。
だからこそ、大ヒット中の映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観た結果として納得できることも多かった。クイーンの伝記映画であり、その中心人物として描かれているのはヴォーカリストのフレディ・マーキュリーである。しかし当然のことながら彼らの実験精神も再現されているので、「あの曲は、こうやってできたのか」というような楽しみ方もできるのだ。