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「石井桃子のことば」を読む  若菜晃子さんと

大人になってからあなたを支えてくれるのは子ども時代の「あなた」

前田礼 クラブヒルサイド・コーディネーター

街と山の間を吹く、爽やかな風のような人

子どもの頃に読み込んだ石井桃子の本をたくさん持ってきてくださった拡大子どもの頃に読み込んだ石井桃子の本をたくさん持ってきてくださった
 今年は没後10年ということで、石井桃子をめぐる展覧会やフェアも多い。しかし、『石井桃子のことば』が出された2014年当時は、その生涯や仕事がまとまった形で見られる本はなかったそうだ。

 この本と相前後して読売新聞編集委員の尾崎真理子さんが『秘密の王国―評伝・石井桃子』(新潮社)という大著を出版されている。尾崎さんが石井への200時間におよぶインタビューを行っているのに対し、生前の石井に会うことのなかった若菜さんは、ひたすら著作や寄稿文を読み、残された本棚を眺め、その足跡を訪ね、同じ道を歩き、親しかった人々に会い、そこから感じたことをもとに、ことばを拾い上げて行った。

 実は私は、読書会「少女は本を読んで大人になる」の企画で、パートナーであるスティルウォーターのメンバーからご紹介されるまで、若菜さんを存じあげなかったが、このような方の存在を知ることができたのは、大きな喜びだった。

 若菜さんは大学卒業後、「本をつくる仕事をしたい」と山と溪谷社に入り、そこで山の魅力に目覚めていく。その後、独立し、山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆し現在に至っている。

 特に素晴らしいのは、「街と山のあいだ」をテーマとした『mürren(ミューレン)』という小冊子を10年以上、編集・発行し続けていることだ。年2回発行の横長の小さな雑誌は、他にはない独自の視点で編まれており、書店だけでなく、雑貨店やカフェなどの販売先も多く、全国に愛読者をもつ。

 若菜さんのなかで、山に行くことと、街で仕事をすることはごく自然につながっていて、仕事のスタイルそのものが生き方になっている。街と山の間を吹く、爽やかな風のような人である。

ヒルダ・ルイスの『とぶ船』の魅力

『とぶ船』(岩波少年文庫)ヒルダ・ルイス作。石井桃子訳拡大『とぶ船』(岩波少年文庫)ヒルダ・ルイス作。石井桃子訳
 若菜さんもまた、幼少時より石井桃子の本を読んで大人になった人だが、果たして、彼女が今回の読書会のために選んだ一冊は、ヒルダ・ルイスの『とぶ船』だった。

 1939年にイギリスで出版されたこの本は、石井桃子が『君たちはどう生きるか』の吉野源三郎らと共に創刊に関わった「岩波少年文庫」の一冊として、彼女自身によって1953年に訳出された。

 『とぶ船』は、魔法の「とぶ船」を手に入れた主人公が、きょうだいたちと古代エジプトやロビン・フッドの時代、北欧神話の世界などを冒険旅行するという、タイム・ファンタジーの傑作である。今回、本当に久しぶりにこの本を再読し、物語の世界に入っていく「あの感覚」をなつかしく思い出した。

 この本が感動的なのは、子どもたちが魔法の船によって体験する時間旅行の面白さもさることながら、最後に主人公ピーターが自らの意思によって「とぶ船」を元の持ち主に返しに行くシーンがしっかりと描かれていることである。

 他のきょうだいたちが、冒険は彼がつくりだした素晴らしいお話だと思っていく一方で、ピーターは最後まで魔法の力を信じ、信じる力があるうちに船を返そうとする。主人公と同じ名をもつ「ピーター・パン」は永遠の少年であり続けることを選ぶが、『とぶ船』のピーターは子ども時代の終わりに自覚的で、それゆえに、魔法の船との別れのシーンは切ない。

 さらにこの本では、「とぶ船」によって魔法のようなこども時代を満喫したそれぞれの子どもたちが、素敵な大人になったことにまで触れられている。まさに、石井桃子の「大人になってからあなたを支えてくれるのは、子ども時代の<あなた>です」ということばがそのまま物語になっているのだ。冒険物語には、「子どもの心」をもった素敵な大人たちも登場する。

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筆者

前田礼

前田礼(まえだ・れい) クラブヒルサイド・コーディネーター

東京大学大学院総合文化研究科博士課程(フランス語圏カリブ海文学専攻)在学中より「アパルトヘイト否(ノン)!国際美術展」事務局で活動。アートフロントギャラリー勤務。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「ヨーロッパ・アジア・パシフィック建築の新潮流」等の展覧会やプロジェクトに関わる。『代官山ヒルサイドテラス通信』企画編集。著書に『ヒルサイドテラス物語―朝倉家と代官山のまちづくり』(現代企画室)。

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