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日本は「和解・癒やし財団」解散を非難できない

「慰安婦」問題に対する政府の責務

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

元慰安婦を支援する「和解・癒やし財団」の第1回理事会。右端が金兌玄(キム・テ・ヒョン)理事長=28日午前、ソウル、韓国女性家族省提供 20160年7月28日拡大「和解・癒やし財団」の第1回理事会=2016年7月28日、ソウル 提供・韓国女性家族省

国連機関による厳しい批判

 これらの切実な要求を何ら配慮せずに、金の問題に、しかも存命の元「慰安婦」および一部の遺族に対するそれに矮小化した(「和解」と「癒やし」はそのようにして選ばれた言葉である)のが、「財団」事業の本質的な問題である。(1)~(6)のうちいくつかは93年の「河野談話」で配慮されたのに、ここではそれさえ無視された事実に、被害者・支援者・世論は反発したのである。

 そして6項目要求は、国際的な求めと一致する。各種国連機関が、「財団」への資金拠出を含む「合意」に厳しい批判の目を向けたのは、けだし当然である。国連の女子差別撤廃委員会も、同人権理事会(正確にはその「特別手続の任務保持者」)も、同自由権規約人権委員会もそうである(中野敏男他編『「慰安婦」問題と未来への責任――日韓「合意」に抗して』大月書店、2017年、59-61頁、 90-99頁)。

 今回の「財団」解散は、韓国政府なりのぎりぎりの選択だったろう。これは、「合意」が形式的にも内容的にも政治的な妥協・決着であることに伴う必然的な結果でもある。この点で決着を受け入れた韓国政府(朴政権)の瑕疵(かし)は明らかだが、加害者でありながら被害者に「寄り添う」(これは後述する終戦70周年にあたっての「内閣総理大臣談話」での安倍首相自身の言葉である)こともせず、従来の方針(河野談話)をかなぐりすてた日本政府は、韓国政府の決定を批判できる立場にはない。

3 韓国世論への無配慮

(1)植民地支配への無反省

 そもそも「財団」の設立・事業実施は、被害者のみか韓国の国民感情をも傷つけた。日本政府は、いかに韓国世論を軽んじたか。文政権が「財団」の解散を決めざるをえなかった最大の理由が、おそらくこれである。

 第2次安倍政権以降、首相が内政において世論を軽視する傾向は非常に強いが(説明責任をはたさず、また法案の強行採決を誘導してきた)、同じ姿勢が国際関係においても示されたという事実は遺憾である。日韓関係に関わるかたくなな姿勢が韓国世論の反発を招き、結局のところ日韓関係を悪化させてきた事実に対して、首相にはなんら反省がない。

 韓国の国民感情を傷つける第1の要因は、日本による植民地支配の事実を、日本政府が無視してきた点である。

 日本はかつて、軍事的圧力下で締結を強いた「韓国併合条約」(1910年)によって、35年におよぶ植民地支配を断行した。今日の韓国および北朝鮮はその被害国である。戦後70周年が過ぎたが、両者は実にその半分の時間を日本によって支配されたのである。

 なるほど植民地支配の過程で利益をえた朝鮮人もいただろう。だが、日本人による激しい差別にさらされ、貧困へとおとしめられ、氏名を変えさせられ、母語を奪われ、民族性まで抹殺されそうになった多くの人々の傷は、あまりに深い。それを――加えて戦時徴用にかり出され、「慰安婦」にまでさせられた人々の塗炭の苦しみを――、日本政府は分かろうとしていない。

 しかも植民地支配がもたらす問題は、1945年の「光復」(解放)とともに終わったのではなく、その後今日まで朝鮮半島(出身)の少なくない人々を苦しめてきた。

(2)「請求権協定」問題での不誠実さ

 第2に、1965年の「請求権協定」(以下「協定」)によって請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」と、日本政府がかたくなに主張してきた事実が、問われる。 ・・・ログインして読む
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筆者

杉田聡

杉田聡(すぎた・さとし) 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

1953年生まれ。帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)。著書に、『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』(花伝社)、『逃げられない性犯罪被害者——無謀な最高裁判決』(編著、青弓社)、『レイプの政治学——レイプ神話と「性=人格原則」』(明石書店)、『AV神話——アダルトビデオをまねてはいけない』(大月書店)、『男権主義的セクシュアリティ——ポルノ・買売春擁護論批判』(青木書店)、『天は人の下に人を造る——「福沢諭吉神話」を超えて』(インパクト出版会)、『カント哲学と現代——疎外・啓蒙・正義・環境・ジェンダー』(行路社)、『「3・11」後の技術と人間——技術的理性への問い』(世界思想社)、『「買い物難民」をなくせ!——消える商店街、孤立する高齢者』(中公新書ラクレ)、など。

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