メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

[2018年 映画ベスト5]優れた演出と脚本

『寝ても覚めても』、『ビューティフル・デイ』……

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

『寝ても覚めても』(濱口竜介)
 ヒロインが同じ顔の二人の男を愛してしまうアンリアルな恋愛劇だが、練られた脚本と高度な映画的表現との相乗効果ゆえ、飛び抜けた傑作となった。主演の東出昌大(一人二役)、唐田えりか、そしてサブキャストの瀬戸康史、伊藤沙莉、山下リオ、仲本工事、渡辺大知、田中美佐子らの演技も、屋外・屋内のさまざまな空間の切り取り方も超絶。濱口竜介、恐るべし! 2018・11・14、同・11・21、同11・27、同11・28の本欄参照。
『寝ても覚めても』の<視線のサスペンス>
『寝ても覚めても』のヴィヴィッドな脇役
『寝ても覚めても』のサイコスリラーへの接近
『寝ても覚めても』に伏在する<分身>の主題

『ビューティフル・デイ』(リン・ラムジー)
 退役軍人の殺し屋ジョー(むっつり顔のホアキン・フェニックス、最高!)が失踪した少女を捜し出し奪還するまでを、ノワールかつトリップ感漂う斬新で寡黙なタッチで描く、これまた超のつく傑作だが、少女は大物政治家の娘、しかし彼女が売られた売春組織に当の政治家自身や警察、FBIが深く関与し……というプロット/脚本の精度にも驚愕(正味80分強!)。また、幼児期や戦場における過酷な体験によるPTSD(トラウマ障害)を抱えた鎮痛剤依存者ジョーの、二重の意味でのフラッシュバック――回想ショットとストレスによる幻覚――を含む視点/主観映像の多用も、バイオレンス・シーンを省略する、つんのめるような描法も、はたまたジョニー・グリーンウッドのノイジーだが耳に快い劇伴も冴えまくる(挿入歌「エンジェル・ベイビー」は、エドワード・ヤンの『牯嶺街少年殺人事件』へのオマージュか)。女性監督のリン・ラムジーは英国出身で脚本家でもある(本作の脚本も担当)。原題は「You Were Never Really Here」。

「オー・ルーシー!」より。左は役所広司、中央はジョシュ・ハートネット 〓Oh Lucy,LLC『オー・ルーシー!』=Oh Lucy,LLC

『オー・ルーシー!』(平柳敦子)
 中年独身OLの節子(寺島しのぶ)が惚れこんだ英会話学校の教師、ジョン(ジョシュ・ハートネット)の突然の帰国が巻き起こす悲喜こもごも、すったもんだの恋愛騒動を平柳敦子がみごとに撮りあげたマスターピース。――冒頭の駅のホームでの人身事故の場面、節子が教室でジョンにハグされ「ルーシー」の呼び名と金髪のカツラを与えられるところ、教室で「トム」と呼ばれる小森(役所広司)の唖然とする登場ぶり、あるいは節子と姉の綾子(南果歩)のアメリカ珍道中、車中でいきなりジョンに猛アタックする節子の猪突猛進ぶり、さらに節子の恋のジタバタに綾子の娘/節子の姪の美花(忽那汐里)が珍妙に絡んでくる、などなどの各場面が、それぞれドラマチックに呼応しあい、笑いと切ないエモーションを生む。ラストでは泣いてしまった(ラブホテルのような英会話学校――カラオケ店を改装したという――に一驚)。平成末期の必見映画の1本だが、平柳とボリス・フルーミンの共作脚本もみごと。

『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』(ソフィア・コッポラ)
 南北戦争末期の南部の女子寄宿学園にかくまわれた北軍負傷兵が引き起こす、戦慄的な愛憎劇が、細心かつ優雅に紡がれる逸品。ドン・シーゲル監督の強烈な傑作、『白い肌の異常な夜』のリメイクだが、濃厚な官能性が息づくシーゲル版とは対照的な、ソフィアならではのエレガントな美意識に裏打ちされた静謐な画調が奏功。2018・3・22、同・3・27、同・3・28の本欄参照。
必見!『ビガイルド 欲望のめざめ』(上)――“女の園”の戦慄的な愛憎劇
必見!『ビガイルド 欲望のめざめ』(中)――細心の画面づくり、衣装デザイン
必見!『ビガイルド 欲望のめざめ』(下)――ドン・シーゲル版との比較

『女と男の観覧車』(ウディ・アレン)、あるいは『つかのまの愛人』(フィリップ・ガレル)
 前者は、やや太目の40代の人妻、ケイト・ウィンスレットが若者との不倫に身を焦がし、ついには正気を失いかける……という、82歳のウディ・アレンが撮った怪作メロドラマ(長編49作目)。アレン自身の卓越した脚本、名手ヴィットリオ・ストラーロのカメラによる色感豊かなビジュアル、メロウな往年のポップスが混然一体となり、見応えあるビターな1本に仕上がった(“人生いかに生くべきか”の答えは得られないが)。アレンの力量(とりわけ脚本力)にあらためて感嘆。2018・8・16、同・8・21、同・9・06の本欄参照。後者は、父・娘・父の愛人をめぐる三角関係が、テンポ良く、しかも濃密に展開される76分の小傑作だが、前作『パリ、恋人たちの影』(73分)で一変したガレルの簡潔な作風に、目を見張る。名手レナート・ベルタのモノクロ撮影も、相変わらず絶品。2018・9・10の本欄参照。
必見!『女と男の観覧車』 ヒロインの危うい魅力――不倫、恋、嫉妬、放火癖……目を見張るような<起承転転>
必見!『女と男の観覧車』 カメラ、BGMの冴え――7色のマジックのような画づくり、メロウな往年のポップス
必見!『女と男の観覧車』 アレンについての補遺――警句めいたセリフやジョークのキレ、役者アレンの滑稽さ
必見!『つかのまの愛人』 簡潔で鮮烈な恋愛劇――説明を省いた意表を突く場面、一人の男をめぐる二人の女のライバル関係……

+アルファ

『犬ヶ島』(ウェス・アンダーソン)
 近未来の日本が舞台の、少年と犬たちの冒険を精緻に――4年の歳月をかけて!――映像化したストップモーション・アニメの秀作。登場人物(動物を含む)を真正面や真横から撮るなどの、ウェス・アンダーソンの<作家性>が本作でも全開し、見る者を幻惑する。2018・07・02、同・07・05、同・07・06の本欄参照。
必見!『犬ヶ島』は、国辱映画か?(上)――近未来の日本が舞台のSF冒険映画
必見!『犬ヶ島』は、国辱映画か?(中)――ディストピアとしてのメガ崎市など
必見!『犬ヶ島』は、国辱映画か?(下)――ウェス・アンダーソンの作家性再説など

犬ケ島」から 〓2018 Twentieth Century Fox『犬ケ島』=2018 Twentieth Century Fox

『きみの鳥はうたえる』(三宅唱)
 モラトリアム期の若者たちの生きる単調な日常のなかに、不意にぬっと顔を出す悪意や暴力、そして男女の屈折した機微。その不穏さ・痛覚・切なさを繊細につかまえる三宅唱の才能に脱帽。書店の店長・萩原聖人が柄本佑に言う次のセリフが『万引き家族』(是枝裕和、後出)への異論にも思えた――「〔1000円の本を売って店に入るのは、ざっと100円だ、と言ってから〕、1冊万引きされたら、10冊売ってはじめて利益が±ゼロになる。ほんとに経営に響くんだよ」。人物らの背景にソフトフォーカスで映る函館郊外の街並みが目にしみる。

『モリのいる場所』(沖田修一)

・・・ログインして読む
(残り:約3439文字/本文:約6318文字)