僕が「こんな夜更けにバナナかよ」を書いたワケ
反時代的ノンフィクションライター・渡辺一史さんインタビュー(上)
渡辺一史 ノンフィクションライター
正しくうるわしく語られがちな障害者福祉という題材を、これほど自由に深々と考えさせるノンフィクションも、あまりなかっただろう。2003年に刊行された渡辺一史さんの『こんな夜更けにバナナかよ』(北海道新聞社、のち文春文庫)。わがままで強烈な重度身体障害者とボランティアたちの交流を描き、大宅賞・講談社ノンフィクション賞をW受賞した作品は、今なおロングセラーを続ける。昨年末には映画化されて全国で公開中だ。中高生向けに書かれた新著『なぜ人と人は支え合うのか 「障害」から考える』(ちくまプリマー新書)も出た渡辺さんに、〝反時代的〟とさえいえる丹念な取材で人間と社会の実相に迫ることを目指すノンフィクションの手法、試行錯誤の醍醐味と葛藤、時代観、そして今後の抱負を聞いた。2回にわたり紹介する。(聞き手・藤生京子 朝日新聞論説委員)
書きたいのは始末におえない「普通の人」 反時代的ノンフィクションライター・渡辺一史さんインタビュー(下)

「私はどんなことをしてでも生きたい」。そう記した鹿野靖明さんを、学生や主婦、社会人ら、のべ500人以上ものボランティアが支えた=撮影・高橋雅之
障害者の訴えを言い当てた大泉洋さんの言葉
――筋ジストロフィーの重度身体障害者、鹿野靖明さん役に大泉洋、鹿野さんのもとに集まるボランティア役に三浦春馬や高畑充希。映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」は豪華な顔ぶれで、評判も上々のようです。地味なテーマかなと期待半ばだった人たちから、「新鮮だった」という声が。

渡辺一史さん=撮影・横関一浩
渡辺 いい映画だと思います。「障害者って何様なの?」といった発言があったり、チャリティー番組「24時間テレビ」的な、愛と涙の物語ではない、喜怒哀楽、ありのままの人間同士のせめぎあいが描かれていて、見る人に考えさせる場面がいくつもある。
大泉さんの存在が大きかったと思いますね。原作やシナリオを徹底的に読み込んで独自の鹿野さん像を提出してくれました。実在の鹿野さんとは似ても似つかないのに、同時に瓜二つでもあるという不思議なキャラクター。こういう障害者が目の前にいたら、もうしょーがねえなあと観る人に思わせてしまうような説得力があった。
大泉さんとは「世界一受けたい授業」(日本テレビ、2018年12月29日放送)という番組の収録でもご一緒したんですけど、こんな話をしてくれたんです。
これまでは「自分の子どもにどんな教育をしますか」と聞かれたら、「人に迷惑かけないようにしなさい」とずっと言ってきた。でも、この映画を通して、それは違うんじゃないかと思うようになった。今後は「できないことは人に頼りなさい、でも人に頼られたときは、それに応えられるような人になりなさい」と言うと思う。
大泉さんの言葉は、長い時間をかけて障害者の人たちが訴えてきたことを、見事に言い当てていると思います。そして自己責任という価値観を、障害の有無をこえてだれもが内面化させられた、今の時代を表してもいる。人に弱みをみせられず、頼れずに、孤立してしまう風潮です。障害者の人たちより、むしろ健常者のほうが、そういう規範に縛られていないでしょうか? 障害者や、鹿野さんの発するメッセージは、社会にとって、大切なメッセージを含んでいると思います。
映画は、きれいごとやタテマエに終わらない現実の一端を描きながら、社会に横たわる、この問題の中心部分をちゃんと伝えている。うれしいですね。