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僕が「こんな夜更けにバナナかよ」を書いたワケ

反時代的ノンフィクションライター・渡辺一史さんインタビュー(上)

渡辺一史 ノンフィクションライター

 『劇薬』だった鹿野さんとの日々

渡辺さんが、鹿野さんを取材・執筆したのは2000年から約2年半。1959年生まれの鹿野さんは、親元を離れ思春期を過ごした国立療養所病院への不信などから、80年代前半、札幌市内で一人暮らし(自立生活)を始めた。人工呼吸器をつけ電動車いすに乗って、自らボランティア勧誘のビラを配り、支援態勢を組み立てて。「カリスマ障害者」と呼ばれた鹿野さんのもとに、大学生ら様々な人たちが介助に集まるようになった。

――もともと、障害や福祉の分野に詳しいわけではなかったんですよね。

渡辺 ええ、まったく。札幌で、観光情報誌やパンフレットなど広告制作物の仕事を請け負うライターとして10年がすぎ、いつかはノンフイクションをと思いながら、ずるずると過ごしていたんです。たまたまふられた仕事でした。でも、鹿野さんとボランティアの人たちが記す「介助ノート」を読み、一般的なイメージから大きくはみ出していることに驚いた。自分が実際に取材して書き込みたいと、半ば強引に、本の企画にもっていった感じでした。

「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」の1シーン。鹿野靖明さん役の大泉洋さん(中央)とボランティア役の三浦春馬さん(右)、高畑充希さん(左)©2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会拡大「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」の1シーン。鹿野靖明さん役の大泉洋さん(中央)とボランティア役の三浦春馬さん(右)、高畑充希さん(左)©2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会
――その偶然の出会いに深入りしていくわけですね。

渡辺 いま思えば、「劇薬」だったとしか言いようがありません。鹿野さんは、素っ裸で生きている人でした。前途を悲観して「もう死なして」「気が狂いそうだ。みんなごめんね」と「ノート」に書いたかと思えば、元気なときには「だってオレ、切羽詰まれば強いもん」が口癖。ノンフィクション作家の野村進さんが、認知症の高齢者のことを書いた「解放老人」という本があるのです。確かに障害や病気や老いは、押しとどめていたものを解き放つところがあるのかもしれない。

 ボランティアの人間模様も、同様です。鹿野さんを支えることで、逆に自分が癒やされ、支えられる。関係が反転する。自分探しの迷路は、当時の僕自身にも思い当たるところがあった。自己と他者、人と人の関係の不思議さみたいなものが、浮かび上がります。

 とにかく人間のすべて、生きることのすべてがあらわに、むきだしになって凝縮される現場と向き合い続けた2年半でした。僕も気づけばボランティアの一員になり、取材者を超えて、どんどんどんどん深入りしていった。

お母さんの家が“実家”に

――でも、苦労も多かったでしょう。

『こんな夜更けにバナナかよ』(文春文庫)拡大『こんな夜更けにバナナかよ』(文春文庫)
渡辺 それはもう、いろいろありました。取材もそうだし、取材を終えて原稿を書き、関係者に見せてからも、時間がかかった。半年ほどかな。

 とりわけ本に登場してもらった障害者の人たちから掲載許可をいただく過程では、そのすり合わせの作業にほとほと苦慮しました。障害者のことを実名で書く、というのは、そのくらい大変だとわかりました。みんな、それだけ「戦ってきた」人たちだからです。

 大変残念ながら、本の完成を待たず、鹿野さんは42歳で永眠します。

 本が出てから、鹿野さんのお母さんが、しばらく口をきいてくれませんでした。鹿野さんがつきあっていた女性とのエピソードや、鹿野さんの最もドロドロした部分については書いてほしくなかったとか。

 亡くなった鹿野さんの家の片付けに毎日通ったりしているうちに、ようやく世間話ができるようにはなりました。ああ、お父さんにも助けられましたね。執筆段階でのやりとりの頃から、「なべさん(僕のこと)のやりたいように、かあさん、やらしてやれ」と言ってくれてね。最終的には、僕もボランティアの一人として鹿野さんを介助する関係になっていましたから、それも大きかったのかもしれない。

 お父さんは、鹿野さんが死去した翌年に亡くなってしまったのですが、いまはもう、私も含めて鹿野さんの元ボランティアたちの“実家”のような感じですよ。鹿野さんのお母さんの家が。


筆者

渡辺一史

渡辺一史(わたなべ・かずふみ ) ノンフィクションライター

1968年、名古屋市生まれ。中学から大阪府豊中市で育つ。87年、北海道大学理Ⅱ系に入学して札幌市へ。大学在学中にキャンパス雑誌を創刊し、文学部行動科学科を中退。以降、北海道内を中心にフリーライターとして活動する。著書に『こんな夜更けにバナナかよ』(北海道新聞社、のち文春文庫)、『北の無人駅から』(北海道新聞社)。最新刊に『なぜ人と人は支え合うのか――「障害」から考える』(ちくまプリマー新書)