メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

[書評]『給食の歴史』

藤原辰史 著

小林章夫 帝京大学教授

給食の悲喜こもごも

 昭和24年生まれの評者にとって、給食とはあまりいい思い出のあるものではなかった。何よりもあの「脱脂粉乳」なる奇怪な飲み物である。人間の体にとっていいものだと言われたけれど、ともかく飲むのに一苦労。まずいなどと言うレヴェルではない。それでもほかにないのだから、我慢して飲んだけれど、果たして本当に体に良かったのか。

 小学校では教室に入りきれず、廊下で授業を受けたのだから、まあ、このような給食でも仕方なかった。だが給食の準備となると、当番をさせられることにもなる。水っぽいカレー入りの大なべを持って歩く途中、友達が転んでしまい、みんなの厳しい視線を受けて泣き出したことも覚えている。まずい給食のメニューの中で、カレーだけは人気があったからだ。それに比べれば、今では高級なクジラの大和煮も食指を誘うことはなかった。

 それにしても昭和30年代の給食メニューは悲惨だった。肉じゃがらしきものがアルマイトの食器に入れられ、これを脱脂粉乳とコッペパンと一緒に食べるのである。せめて米飯を出してくれればいいのに。味わうなどとは程遠い光景だから、できるだけ手早くおなかに入れて、あとは校庭で遊ぶことだけを考えていた。

『給食の歴史』(藤原辰史 著 岩波新書)定価:本体880円+税『給食の歴史』(藤原辰史 著 岩波新書) 定価:本体880円+税
 本書は戦前から現在に至るまでの給食の歴史を綴ったものだが、なぜ給食なるものが考え出されたのか、それを世界各国の動きまで視野に入れて紹介する。

 と同時に、給食とはどのような発想に基づいて誕生したのか、給食の素材となったものには、各国の思惑や経済活動が見え隠れしていたこと、あるいは給食をめぐって日本では政治的対立まであったこと、そして何よりも学校で「みんな一緒に同じもの」を食べる行為にはどのような考え方が隠れていたのかなどを細かくたどっている。

 さらには、貧しい子供たちを救うための役割、現在ではほとんど死語と化した言葉を使えば、「欠食児童」対策の一面もあったことが語られる。

 小著だけに盛沢山すぎるきらいもあるけれど、給食に悩まされた世代にとっては悲喜こもごもの感想を抱かざるを得ない書物である。

 何より、現代における給食が、特に日本では素晴らしいものになった面もあることを知ってうらやましかった。2005年に成立した食育基本法により、ご当地の名産が献立に採り入れられ、地産地消給食まで出てきて子供たちの味覚を刺激しているというのだ。年末年始にイギリスへ旅をして、帰りの飛行機で本書を読んだとき、彼我の違いに愕然としたのである。何しろ英国航空の機内食で出る牛肉はまずいだけではなく、いくらナイフとフォークを駆使しても切ることができないのである。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間2万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。