“不都合な真実”を覆い隠した夢物語を信じてはいけない
2019年01月18日
「ZOZOTOWN」を運営する株式会社ZOZOの前澤友作社長が、自身のTwitterで100名に100万円(総額1億円)を配ったお年玉企画に批判が出ました。
ですが、その多くは、前澤氏の企画に対して前稿(「ZOZO前澤氏1億円散布をゴウリテキに批評する」)で書いたような市場競争の観点やポトラッチ型支配の観点から指摘するのではなく、「下品(太田光氏、立川志らく氏、藤田孝典氏等)」「成金(常見陽平氏等)」「古臭い」といった言葉を使って批判を展開していました。
一般人であればまだしも、言論や評論で仕事をしている人たちですら、今回の問題を言語化するのに苦労したのか、こういう心情語を使った反射的な非難の文章が散見され、論理的な批判を加える指摘が非常に少なかったように感じています。
このような「稚拙な批判」が賛否の論争に無駄な火をつけたように思います。企画賛成派も、反対派の反応を「自分のお金なんだから何しようと他人の勝手でしょう」「前澤さんを悪くしようと必死」「どうせ金持ちに対する嫉妬でしょ」「文句あるならお前が企画やってから言え」という、これまたレベルの低い妄想・決めつけ・口封じをしたため、質の低い応酬になったように思うのです。
実は、このように、極論や暴論が目立ち、賛否がまともに議論されることなく、ただ見下し合い罵り合うだけで終わることが、昨今のインターネットでは少なくありません。読者やフォロワーが痛快さを求めるあまり、斬り甲斐のある無茶苦茶な意見を述べている人がターゲットとしてピックアップされやすいため、両陣営が「公開処刑」ばかり行い、必要以上に断絶が広がるという、インターネット社会の構造的問題があるのです。
今回もご多分に漏れず、そのような傾向が強かったように感じています。前稿で書いたように「ミクロ的には画期的だけれどもマクロ的には良いと言えるか」のような丁寧な議論がなされることなく、煽情的な感情語の応酬がなされたことは非常に残念に感じました。
かつての私もこの手のやり方をしてしまったことが何度かあり、大変反省をしているのですが、本来最も望ましい解決方法は、自分たちの主張を丁寧に伝えることで、理解が不足していた人たちにも納得してもらい、穏やかに考えを改めてくれることのはずです。まだ対話もしていないのに、始めから他者を斬るような言動は、断絶をますます深めるだけでしょう。
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