外山恒一 著
2019年01月28日
そもそも私は著者を知らなかった。同業の友人がとても力を入れて編集し、解説が『日本会議の研究』の菅野完さん。それで本書を手に取ったのだが、略歴を見ると、アヤシイことこの上ない。
しかし、しかしだ。
日本の学生運動は、1968年の全共闘運動をピークとし、72年の連合赤軍事件を境に急速に退潮、以後は「シラケでバブルでオタクでサブカル」な時代が続き、若者は一貫して政治的に無関心だったと語られる。しかしそれはまったくの偽史であり、若者たちの運動は70年代以降も現在に至るまでずっと存在し、ときにそれは高揚してもいる、と著者。
その「なかったこと」にされてきた、若者たちによる68年以後の社会運動の50年を通史として描いたのが本書だ。
まず序章の「“68年”という前史」で、「この人、大丈夫かな」という著者への疑念は払拭された。客観的でクリアな説明。切れのいい文章。新左翼、ブント、全共闘、革マル派と中核派、ノンセクト……これまで何度説明を聞いても記憶に定着しなかった「用語」が、全体の見取り図に収まったかたちで理解でき、これだけでも本書を読んだかいがあったと思う。
本書のメインストリームは、日本の“89年革命”を担った「ドブネズミ」たちの活動史だ。ベルリンの壁が崩壊した1989年、日本でも夏の参院選で土井たか子氏率いる社会党が躍進し、社会民主主義的ムードが高まっていた。「ドブネズミ」とは、この前後の社会運動、それも「闘争」と呼べるようなラジカルな運動を担った若者たちのこと。
反原発運動の「札幌ほっけの会」、反天皇制の「秋の嵐」「馬の骨」、著者も中心となった「全国高校生会議」、埼玉大学の演劇サークルから始まった旅するテント芝居「劇団どくんご」等々。いずれも私が本書で初めて知った団体だ。日本がバブルに浮かれていた時代に、こんなことをやっていた若者たちがいたとは!
著者は関係者への膨大なインタビュー取材に基づき、当時のデモや集会の模様、警察との攻防を、まるでその場に居合わせたかのように生き生きと描き出す。これを「青春グラフィティ」などと称したら不謹慎なのだろうが、この群像劇が、本書からたちのぼる熱量の源になっている。
本書を読んでいると、「こんなことが起きていたとは!」という驚きと、「そうそう、こんなことがあった」という感慨とが、代わる代わる押し寄せる。
運動系で言えば、80年代の反核運動、90年代の「だめ連」、ゼロ年代の「素人の乱」。浅田彰氏(ニューアカ!)や柄谷行人氏など思想・哲学系。「朝まで生テレビ」開始や『戦争論』刊行など論壇系。さらには尾崎豊やザ・ブルーハーツ(「ドブネズミ」の語は、「リンダリンダ」の歌詞からきている)など音楽シーンやマンガ・演劇まで。
「こんなことあったね」という点の理解が、「これとこれがこう繋がっていたんだ」という線になる。それらがさらに、68年以降の思想・文化・政治全体の「見取り図」に位置づけられていく、その目配りの広さと構成の巧みさにも舌を巻く。
最近では、3・11後の反原発の運動や2015年SEALDsの運動が盛り上がった。それに対し、「日本でまたこんな光景を見られるとは」と感涙にむせんだ全共闘世代がいたが、それももちろん、唐突な「点」として登場したのではない。68年以降も紡がれてきた、運動の軌跡の一端としてある。
実は、そのあたりの新しい運動については言及が少なく、何十周遅れかで少しだけ運動なるものに目覚めた私としては残念なのだが、著者によれば「触れる価値もない」そうなので仕方ない(苦笑)。
5月の改元を控えて、テレビ、新聞、雑誌その他、いたるところで「平成」が回顧されている。私にとって、著者が描く50年の通史は、それらのどの平成史よりもリアルで、そのときどき、自分は何に関心を持ち、何をし、どう生きていたのかと自問を迫られた。
45字×19行と目が潰れそうな字詰めの624ページもまったく苦にならない。ほとんど「自分史」を読むような気持ちで読了したのだった。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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年間2万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。
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