ジャンニ・デイヴィス 著 堀口容子 訳
2019年01月28日
神保町にはあまり行かないでもっぱら池袋と野球場を徘徊しているのに、本欄を担当する「神保町の匠」に混ぜていただいたのは、調べてみると2014年7月のこと。よくぞ厚かましく、4年半も居座り続けたものです。
私事ですが、その間にどんどん老眼が進み、書籍編集者としてはかなりマズいことになってきています。ルビの指定とか細かくて難儀でかなわないし、いつの間にか装丁の色校をきれいにカットするのもできなくなってしまいました。
こりゃもう編集者人生も「終わり」が近いんだろうか……と後ろ向きな思考を抱えながら書店に行くと、デーンとした存在感で「屍体」と大書された本を発見してしまいます。
『消えた屍体――死と消失と発見の物語』(ジャンニ・デイヴィス 著 堀口容子 訳 グラフィック社)
カバーに書かれたアオリ文を見ると、遺体が行方不明になった歴史上の有名人、28人分の謎を追っているとのこと。本体2800円ということは1人あたり100円か、いい値付けだねえ、などと思ってあっさり購入してしまいました。
本書の著者は英国人ライター。2012年に駐車場からイングランド王リチャード3世の骨が見つかった、というニュースをきっかけに本書を書きはじめたそうで、選ばれた28人は英米系に偏りがあります。45年前に貴族がギャンブルにハマった結果、妻と間違えてナニーを殺して逃亡しそのまま行方知れずになった、という「ルーカン伯爵事件」なんて全然知りませんでした。
悪いけどそんなの世界ベスト28に入れなくてもいいでしょ、日本史にもインパクトある迷宮入り案件はたくさんあるのに悔しいなあ、安徳天皇とか土方歳三とか風船おじさんとか……と思っていたら、最後の28人目が織田信長でした。しかも実に力のこもった原稿となっています。どういうことかと思ったら、ここだけ訳者の方が書き下ろしたとのこと。日本人読者に新しい発見が多数あるものではないですが、こういうサービスは嬉しくなってしまいます。
もちろんアレクサンドロス大王からヒトラー、ゲバラまで超有名人の「そういえばこの人の墓ってどうなったんだっけ」的エピソードも、本書は徹底的に掘り下げています。期待通り、あまり見たことがない死体やデスマスクの写真も満載で、新しい切り口の世界史人物列伝としても楽しめる作りです。
場合によっては大胆な説も自信たっぷりに紹介されていて、さらにいい感じです。『コモン・センス』の著者トマス・ペインの遺骨は世界各国に四散しているとか、「映画の父」ル・プランスはライバルのエジソンが派遣したヒットマンに文字通り「消された」とか、そこまで言っていいんですかと心配になる書きっぷりです。
さらに、『ドン・キホーテ』の著者セルバンテスはレパントの海戦で大ケガして左手が不自由になったとか(水木しげる先生みたいだ!)、スキあらば歴史トリビアも突っ込まれてくるので、遺体のことばかり考えて油断して読むこともできません。
こんな本書、とにかくたっぷりな情報量でコストパフォーマンスよく、繰り返し繰り返し「死に方はなかなか選べませんよ」「頑張ってうまく死ねても、遺体はどっか行っちゃいますよ」とあらゆる角度から私を洗脳してくれます。老眼の身にはかなり厳しい、小さい文字のコラムもたっぷりなのには閉口しましたが、いい読書体験でした。
年末年始に見慣れないテレビ番組をだらだら眺めていたら、シンガーソングライター“あいみょん”にあっさりハマってしまったのですが、彼女もどうせ死ぬなら二度寝で死にたい、欲を言えば父ちゃんと母ちゃんに挟まれて……と「終わり」を見事に前向きに歌い上げておりました。
せっかく若い才能が楽しく人生の終焉を語っているのだから、老境にまっしぐらな私も、遺体の行方を楽しむくらいな気概でいろんな「終わり」を味わってみたいと思った次第です。
ということで終わります。ではまた!
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間2万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。
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