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【ヅカナビ】星組『霧深きエルベのほとり』

新旧気鋭作家のタッグで古典的名作がよみがえる

中本千晶 演劇ジャーナリスト


 宝塚歌劇団の小川理事長によると、2019年のタカラヅカの方針は「温故創作」だそうである。成長神話が瓦解した今の時代の空気をうまく掴んだ方針のようにも思える。その第一歩ともいえる星組公演『霧深きエルベのほとり』が元旦の宝塚大劇場で開幕した。

 日本演劇界に多大な功績を残した菊田一夫の作である。1963年に初演され、当時のファンから絶大な支持を受けた作品で、その後も1965年、67年、73年、83年と再演を重ねてきた。それを今タカラヅカで最も注目される演出家・上田久美子が潤色・演出する。「“新しいことだけが素晴らしい”でもないということを立証したい」(宝塚歌劇公式サイトより)という意気込みである。

 私自身はこの作品に対して、良くも悪くも「古典的な名作」という印象を持っていた。ドイツの港町ハンブルグのビール祭りの夜、荒くれの船乗りカールが良家の令嬢マルギットと恋に落ちる。許婚(いいなずけ)のフロリアンは本心を隠しながらマルギットの恋を応援する。よくある「身分違いの悲恋」のお話だと思っていた。これが21世紀の今、上田氏の手にかかってどのようによみがえるのかに興味津々だった。

 だが、その手法は「換骨奪胎」ではなかった。「古き良き」の部分を大切に残しつつ現代の観客の口に合うような手直しをされていた。過度な映像使いもない。だが、逆にそうすることで、この作品が本来持つ深みがくっきりと浮かび上がってきたのだ。

「愛」を深く描いてこなかったタカラヅカ

 シンプルな物語で結末もわかっている。それなのにセリフの一言一言に心の深いところが揺さぶられる。カールが酒場の女ヴェロニカに本心を吐露する場面では完全に涙腺崩壊だ。初日が開けて日が経っていなかったのでまだ荒削りなところもあっただろうが、そんなことはどうでも良いと思わせてくれる骨太さがある。劇中、絶妙のタイミングで歌われる「鴎の歌」「泡沫の恋」のメロディラインが終演後も頭から離れない。

 そこでふと気付いたのが、一般に「愛」が必須と思われているタカラヅカだが、男女が互いに心惹かれていく過程が細やかに描かれている作品は意外と少ないということだ(物語が進むときはすでに恋に落ちている)。「エルベ」はそこをきっちり描こうとしている作品なのだ。

 さらに言うと、愛し合う男女が引き裂かれてしまう話もタカラヅカにはごまんとあるけれど、その多くは革命や戦争、病気など本人の意思とは別の事情により引き裂かれるパターンである。「エルベ」のような本人の意思による「愛想尽かし」話はこれまた珍しい。その過程を説得力を持って表現するのはとても難しく、でも演じ甲斐のあることだと思う。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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