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[書評]『大政翼賛会のメディアミックス』

大塚英志 著

野上 暁 評論家・児童文学者

戦時下、国策マンガの実態に迫る

 戦時下に「翼賛一家」という題名のマンガや、そこに登場する同一キャラクターが活躍する作品がたくさん出版されていた。ミッキーマウスなどのマンガが、著作権を無視して刊行されてもいたから、オリジナル作品の人気に便乗して、類似作品が氾濫したのかと思ったがそうではない。国策により周到に準備されたメディア戦略があったことが、この本で衝撃的に明らかにされる。

『大政翼賛会のメディアミックス――「翼賛一家」と参加するファシズム』(大塚英志 著 平凡社)定価:本体2500円+税拡大『大政翼賛会のメディアミックス――「翼賛一家」と参加するファシズム』(大塚英志 著 平凡社) 定価:本体2500円+税

 たとえば、1940年に朝日新聞から刊行された横山隆一の『翼賛一家』の表紙では、右半分に三日月顔で白髭の爺さんやだんご鼻の中年男、紙兜をかぶった少年など男女11人の人物が描かれ、左3分の1のスペースに赤バックで手書きの青文字で「翼賛一家」と大書されている。上段断ち切りギリギリに「大政翼賛会宣伝部監修」と墨文字が横に入る。裏表紙には「トントントントン」と紙兜少年が三日月顔爺さんの肩をたたき、爺さんは「トンカラリン」と吹き出しの中でつぶやくカットの下に、「日本中が翼賛一家」と縦に大きな手書き文字が配置される。その脇に小さく「大政翼賛会」と記され、その下にはさらに小さい文字で「朝日新聞社出版局献納広告」と横書きに入っている。

 表2には、翼賛一家(大和一家)11人のそれぞれのキャラクター名と、丸や三角や四角を基本にした、家族全員の似顔絵の描き方が紹介される。三日月顔の爺さんは「大和武士」、お婆さんは「大和ふじ」、お父さんは「大和賛平」、お母さんは「大和たに」、長男は「大和勇」、紙兜少年は三男の「大和三郎」というように、大和一家全員が小さな子どもでも描けるように特徴的に設定され、大和一家が翼賛一家であることが判る。オールカラーで本文はすべてカタカナの分かち書きだから、文字を習い始めた小学1年生から読める絵本である。そして田村辰三の絵による『マンガ翼賛日記』にも、全く同じキャラクターの11人が表紙に描かれている。

 戦時下のプロパガンダとしての「翼賛一家」は、今日いうところのメディアミックスをあらかじめ企図したものだった。大政翼賛会の宣伝部が、マンガを通じて翼賛運動の啓蒙宣伝に乗り出そうというので、新日本漫画家協会と協力してキャラクターと設定を作り、その著作権は新日本漫画家協会から大政翼賛会に「献納」された。国家への寄付行為としての「献納」は、戦時下に盛んに行われた。

 朝日新聞から刊行された横山隆一の『翼賛一家』の裏表紙の「朝日新聞社出版局献納広告」もその一例で、後には絵画や小説や詩なども献納されるようになる。こうして1940年12月5日、「朝日新聞」「読売新聞」「大阪毎日新聞」などの朝刊各紙に「翼賛一家」の登場が告知され、横山隆一、松下井知夫、宍戸左行らのマンガ家によって連載が始まった。古川ロッパ一座の新春公演では舞台化、東宝では映画化され、またビクターとコロンビアがレコードを競作した。マンガ以外のメディアミックスが、わずか2週間強で仕組まれたことに著者は驚嘆する。翼賛会という権力機関が推進したから可能だったのだ。

 「翼賛一家」の舞台は町内で、〈「大和一家」と隣組の図〉なども設定されている。一家(家庭)⇒町内(隣組)⇒国家が、ピラミッド型のヒエラルキーではなく、「入れ子構造をイメージさせるものとして家庭と隣組の関係はあった」と著者はいう。そして「隣組一家」は「皇国一家」の単位であり、それは八紘一宇の構成単位でもあり、大東亜共栄圏にまで広がっていく。大和一家は、満洲や台湾でも活躍するのだ。

 「翼賛一家」は、いろいろなマンガ家が描いていると前述したが、長谷川町子が「アサヒグラフ」に描いた「翼賛一家大和さん」と「サザエさん」の類似性がしばしば指摘される。キャラクターの類似性よりも「一家」と「町内」の枠組みの継承をこそ見て取るべきだと著者はいう。長谷川町子は単行本で『進メ大和一家』も刊行している。手塚治虫も「翼賛一家」のキャラクターを使って「桃太郎」の絵本を描いたと自ら語っているが確認されていない。しかし、手塚が敗戦直前に描いた「勝利の日まで」を分析しながら、「少なくとも、戦後まんがはこのようにして手塚による最後の『翼賛一家』のなかで産み落とされたことは確かなのである」との著者の一言は、現代マンガ史を語るうえでの重要な指摘となる。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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年間2万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

野上 暁

野上 暁(のがみ・あきら) 評論家・児童文学者

1943年生まれ。本名、上野明雄。小学館で子ども雑誌、児童図書、文芸書、学術書などの編集部門を担当。著書に『おもちゃと遊び』(現代書館)、『「子ども」というリアル』『日本児童文学の現代へ』(ぱろる舎)、『子ども学 その源流へ』(大月書店)、『越境する児童文学』(長崎書店)など。編著に『わたしが子どものころ戦争があった――児童文学者が語る現代史』(理論社)、『子どもの本ハンドブック』(三省堂)、『いま子どもに読ませたい本』(七つ森書館)など。日本児童文学学会会員。日本ペンクラブ常務理事。