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『ひかりの歌拡大『ひかりの歌』の公式サイトより

 コミュニケーションとは、ざっくり言って、人と人とが何らかの意思を言葉によって伝えあうことだ。しかし、それは必ずしもうまくいかない。むしろ、噛みあわないことや、すれちがうことのほうが多い。たとえば、言いたいことを言えずに、表面的な会話に終始したり、沈黙してしまうことはままある。あるいは、忖度(そんたく)せずに本音を言ってしまい、相手との関係がぎくしゃくすることや、話の焦点がぼやけて、時間だけがグズグズ流れることも、しばしばだ(たとえば「会議」など)。

 そんな場合、言葉は、コミュニケーションの手段であるどころか、コントロールできない異物のような何かに思えてくる。――杉田協士監督の『ひかりの歌』は、そうした、人間同士の言葉のやりとりにまつわる、やっかいさ・もどかしさ・愛おしさを、カメラの長回しを多用した寡黙な――しかしツボをはずさない――演出ですくい取る。

人物/俳優の感情に寄りすぎない演出

 一般公募で選出された4首の短歌をモチーフ(創作動機)にした本作は、したがって、それぞれ独立した4つの章からなる。第1章の主人公は、臨時の美術講師として高校に勤める、タロット占いが趣味の詩織(北村美岬)だ。彼女は旅に出たバイト仲間の雪子(笠島智)をひそかに思っていたが、それを誰にも伝えられずにいた。同僚の武田(廣末哲万)は、そんな詩織の鬱屈に気づき、タロット占いを彼女に頼むことで彼女に向き合う。武田の詩織への細やかな気遣いは、彼女の心をひととき和らげ、見る者の心をもリラックスさせる。やがて詩織は、親しくしていた野球部員からストレートな言葉で告白される……。

 こうした、あまり起伏のない物語が、カメラの長回しと引きのショットを軸にした、時間、空間の余白――そしてセリフの余白=沈黙――を大きく取りこむ描法で綴られるが、杉田演出の、人物/俳優の感情に寄りすぎないストイックな距離感ゆえ、かえって見る者は映画のなかに引きこまれる(役者の誇張された演技で人物の心理を過剰に説明しようとするテレビドラマとは対照的な演出だが、本作ではまた、儀礼的な“挨拶言葉”でその場をスムーズにやり過ごす、人物たちのフラットな演技もひどくリアルだ)。

 第2章の主人公は、閉店間近のガソリンスタンドで働く今日子(伊東茄那)。彼女は、片思いのバイト仲間に気持ちを伝えられないまま閉店日を迎えるが、その日、北海道に帰る彼に“最後のハグ”をお願いする。しかしこの章の最大の“快痛点”は、日課のランニング中に彼女が公園で知り合ったミュージシャン、章太郎(日高啓介)と交わす雑談にまつわるエピソードだ。今日子は章太郎に、数日前に客から告白されたことを話し、「男なんてみんなキモい」と笑うが、その直後、章太郎から思いを告げられ困惑する、というシークエンスだが、章太郎は今日子に直接告白せずに、彼女と横に並んで正面の雑木林を眺めながら、今日子ちゃん好きだよーと叫んだり、自分の感情を歌に託して間接的にほのめかしたりする。この一連の面白さは、章太郎の“間接話法”とともに、無表情のまま、ほとんどリアクトしない今日子を前にして、章太郎がひたすら明るく振る舞う点にあるが、そこでも、劇的誇張を排して、二人の気持ちのズレを淡々と描く演出が冴える。

 第3章は、第1章で登場した詩織の片思いの相手である、ミュージシャンの雪子/笠島智が再登場する。しかし、雪子を主人公とするこの章は、第1章との物語上の関連はなく、アルバイトをやめた彼女が、他界した父親が札幌の写真店に預けたままだった写真を受け取るため、フェリーで北海道に向かうシーンから始まる。――現像した写真に映っていた場所が小樽だと知った雪子は、かつて父親がたどった行程をなぞるべく、地元の男性、宏(金子岳憲)の案内で小樽に向かう。

 その道中で宏が、あれこれ冗談めかした言葉で雪子に誘いをかける様子が、これまた変におかしい。宏はそこで、雪子との距離を縮めたいという気持ちを、それとは直接関係のない言葉を投げて言外にほのめかすのだが、これはいわば ・・・ログインして読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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