2019年02月22日
お笑い芸人の卵たちのライブを観に行った。つい最近のことだ。まだデビュー前の彼らを前に、司会の人気タレントが言っていた。「女と薬は絶対ダメだからね。この世界、一発退場だから」。
新井浩文被告が2月21日、強制性交罪で起訴された。これで彼はもう、芸能界からの「退場」が決定した。そう言っていいのだろう。本当に大バカ者だと思う。
話を少しさかのぼらせる。2018年12月、フジテレビは映画『マスカレード・ホテル』を盛り上げることに全力投球していた。主演する木村拓哉がかつて主演したドラマ、その再放送を連日繰り広げていたのだ。
まずは「ヒーロー」を12月14日から1月18日まで。18日が映画公開日だったからもうおしまいかと思いきや、1月21日から「プライド」再放送が始まった。2004年放映の「月9」で、木村はアイスホッケー選手を演じていた。
思い入れがあるドラマでも何でもなかったが、見た。新井浩文被告が出ていたからだ。
彼が出ていたのは10話と11話だけだった。が、フジテレビにとって間の悪いことに、その再放送が予定されていたのが、2月1日という逮捕の日からすぐ、4日から6日までだった。同社はその日のうちに彼の出演部分をカットして放送すると決め、そのことがすぐに報じられた。
新井浩文という俳優が好きだった。この文章も、それを前提に書いている。
好きだった俳優が逮捕されたからあれこれネット検索し、「プライド」はFOD(フジテレビオンデマンド)でも見られることを知った。「1カ月無料お試し」コースに入り、視聴したのが2月7日。15年前の彼は、まだ少し幼さの残る顔つきだった。ヒョロリとした体型を持て余すような演技で、それがいい味になっていた。
だが、今はもう見られない。この原稿を書くにあたりFODを再視聴したら、起訴よりずっと前に「新井いないバージョン」に変わっていた。
彼の逮捕はショックだった。出張マッサージの女性に性的暴行を加えたという容疑のひどさはもちろんだが、その時に飲酒していたという事実が痛かった。
「美しき酒呑みたち」というBSフジの番組があり、彼は「ナビゲーター」として全国の酒場を訪ね、本気で呑んでいた。そして本気で酔っ払う。いつも楽しげで、明るい酒好きだとばかり思っていた。
それなのに、飲んだ挙句の性的暴行容疑。ひどすぎる。暗すぎる。
色気があって孤独そうで、凄みと軽みもある。そんな役者としての彼にひかれ、出演するテレビ番組はかなり見ていた。「美しき酒呑みたち」もその一つで、あそこで見せていた姿が嘘だったとは思わない。だがあの明るさの裏側に、どうしようもない暗さがあった。それを知らされたようで、痛かった。
今、新井被告の過去のドラマやこれから公開されるはずだった映画が、次々とお蔵入りになっている。朝日新聞は2月9日、「出演作お蔵入り、行き過ぎ?」という記事を掲載、NHKが11作、フジテレビが7作、過去の出演作を配信停止にし、Hulu、ネットフリックスは過去の映画やドラマの配信を継続したと報じていた。
そこでネット配信のメディアをチェックしところ、彼の出演した映画がたくさんあった。そのうちの1作、『百円の恋』(2014年)を視聴した。主演の安藤サクラが数々の賞を受賞した作品で、彼は相手役。カッコいいんだけどカッコ悪い、元ボクサーを演じていた。
15年前の「プライド」ではチョイ役だった。それから10年、彼は安藤という若き名女優を包み込むような芝居をしていた。気づけば泣けてくる。そんな演技だった。
立川志らくは映画を愛する落語家だ。だから2月10日の「ワイドナショー」(フジテレビ系)で彼の事件が取り上げられた時、出演映画は上映してほしいという希望を語っていた。皆が一生懸命作ったものを「この男」のためにお蔵入りさせるのはたまらない、と。
同時に彼を「もう復活できないでしょうね」とも言っていた。悪人の役をすれば「こういうことするヤツ」と見られ、善人の役をすれば「嘘だ」と見られる。そういうイメージがついてしまった以上、復帰は難しい。そういう趣旨だった。
すごく冷静な分析で、彼が起訴された今となっては、「その通り」としか言いようがない。彼の所属事務所は2月5日で彼を契約解除した。ネット時代に散々批判されている彼を、起訴か不起訴かを見極めることなど無理だったろう。仮に裁判で無罪になったとしても、たぶん彼の「退場」は解けないだろう。
女性を傷つけた代償。身から出た錆。それはわかっている。
だが、個人的な気持ちを吐露するなら、切なくてならない。彼をもう見られない。その残念さはもちろんあるが、それだけではないというか、それ以上の切なさというか、何か割り切れない思いを感じ、苛まれていた。
この割り切れなさは、何だろう。どこから来るのだろう。それがつかみきれないまま、ずっともやもやしていた。もやもやを抱えたまま、観に行ったのが舞台「イーハトーボの劇列車」だった。少し、その話を書く。
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