バロック嗜好、<噂>の活用など
2019年03月01日
前稿で述べた、『偉大なるアンバーソン家の人々』におけるジョージ/ティム・ホルトをめぐる因果応報のモチーフは、ウェルズのナレーションと連動するかたちで、ジョージについての悪評を口々に言いあう町の人々の顔のアップを白バックのローアングルであおる、ウェルズならではのバロック的な仰角ショットによっても映像化される。
そしてそれに限らず、ウェルズの作家的刻印である様々な仰角ショット――たとえばジョージとルーシー/アン・バクスターの乗った二輪馬車の走行をローアングルからあおる映像など――は、本作でも画面を圧する強度を放つ。とりわけ、大広間の場面でのそれは、しばしば天井やシャンデリアが画面に大きく映り込み、その空間の壮麗さを強烈に印象づけるが、これが馬車の走行シーンとともに、ジョン・フォードの影響を強く受けた撮影法であることは以前にも述べた(「必見! ナチ残党狩りを描くオーソン・ウェルズの『謎のストレンジャー』(下)――ヒッチコック映画との共通点、巨匠ジョン・フォードの影響など」2014・01・17)。
本作における、そうした室内シーンでとりわけ目を奪うのが、前半の大がかりな舞踏会のシーンでの、連れ立って歩くユジーンとルーシーを背後から延々とフォローする前進移動の長回しショットである。撮影監督のスタンリー・コルテスは、そのシーンについてこう語っている――「部屋と部屋を隔てる壁が視界の外にあるチェーンによって引き上げられ、オーソンの自在な〔クレーン・〕キャメラがまるで魔法のように空間を通過する、流れるような映像が作り出された」(バーバラ・リーミング『オーソン・ウェルズ偽自伝』、宮本高晴・訳、文藝春秋、1991)。まったくもって、狂気じみた撮影の仕掛けである。
あるいは、アンバーソン邸の1階でのイザベル/ドロレス・コステロとジャック叔父/レイ・コリンズの会話シーン。カメラがそこで不意に縦方向のパンで上方を見上げ、二人の話を階段のバルコニー状の踊り場で盗み聞きしているジョージをとらえ、カメラがさらに上をあおぐと、ファニー叔母/アグネス・ムーアヘッドがそのまた上の階段の踊り場でイザベルを監視している、という、ウェルズ的バロッキスムが全開した空間描写の凄さ! つまり、ここで邸が3階建てであることがわかるのだが、その吹き抜けになった空間の予想外の高さが、快い驚きをもたらすわけだ(こうしたウェルズ的バロッキスムを特徴づけるものとして、仰角ショットのほかに奥行きの深い深焦点〔ディープフォーカス〕レンズ、空間を拡張させ歪曲させる広角レンズの使用、そして光と影のコントラストを効かせた明暗法があげられる)。
さらに前述の、ジョージとルーシーが二輪馬車で町を行くシーンや、二人が街並みに沿ったポーチを歩くシーンも、緊張感が持続するローアングル中心の息の長い映像ゆえ、忘れられない(最近の“スローシネマ”における長回しには、こうした緊張感が欠けている場合がしばしばだ)。
『アンバーソン』では閉鎖的なスモールタウン特有の<噂>によっても、ジョージの傲慢な性格は浮き彫りにされるが、町の人々はまた、ジャックの父ウィルバー(イザベルの夫)の死後、ユジーンとイザベルが再婚するという噂を広める。ジャック叔父が言うように、スモールタウンでは“人の口に戸は立てられない”のである。
こうした<噂>の作用を物語のなかに巧みに取り入れ
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