なぜ経営者は「バカッター」から学べなかったのか?
2019年03月05日
アルバイト店員によるSNSへの不適切動画投稿が相次いで問題になっています。2019年2月4日に「無添くら寿司守口店」のアルバイト店員が、一度廃棄した魚を再びまな板に乗せる動画を自身のInstagramに投稿し、インターネット上で大きな問題になりました。
また、同じ月にはセブン-イレブン横浜高島台店で、アルバイト店員がおでんの“しらたき”を口に含んでから戻すシーンをInstagramに投稿し、こちらも問題になっています。さらに、少し前の1月には、「すき家」のアルバイト店員が店内で氷を投げる様子や、調理器具のお玉を股間に当てて騒いでいる様子を動画にアップして、同様に問題となりました。
このようなアルバイト店員による不適切な行為がSNSに投稿される問題は2007年ごろに始まったようです。2013年にはこうした事例が相次ぎ、バカなツイートを投稿することから「バカッター」と呼ばれて大きな社会問題になりました。一時は沈静化していたものの、再び2019年になって同様の件が相次ぎ、近年は「バイトテロ」と呼ばれているようです(※実際のテロ行為とは類似性も少なく、個人的にはネーミングとして不適切だと思います)。
ですが、たとえ情報アクセスが格段に良くなったインターネット社会であっても、「井の中の蛙大海を知らず」ということがあります。日常、狭いコミュニティー内に暮らし、限定されたコミュニケーションしかとっていない人々には、入って来る情報は限定的になりがちで、当然のごとく知らないことは多々あると思います。社会問題化したとはいえ、バカッターの情報が出回ったのは6年も前ですし、1億2000万人の大半が知らない話です。
それよりも、問題は小売店や飲食店の側ではないでしょうか? 2013年ごろに不適切動画投稿問題が相次いだ後、小売店や飲食店のうち、全社をあげて未然の防止に力を入れて取り組んだ企業がいったいどれほどあるのでしょうか?
6年前の一連の騒動から学び、社員教育も徹底し、同じような事件を発生させないためのチャンスはいくらでもあったはずです。それをみすみす逃してしまったのは他でもない企業の側であり、そこには不適切動画問題という小売業界や飲食業界に共通する社会問題に対して「不作為」だったという経営責任があると思います。
たとえば、2015年にも「すき家」は不適切画像投稿が発覚して問題になっており、完全に再発防止に失敗しました。くら寿司も、今回の問題発覚後に携帯電話・スマートフォン・SNSに関するルールの再徹底を含む「勉強会」を各店舗5回行うと記者発表していますが、なぜそれを毎年定期的に開催してこなかったのでしょうか。このように、6年前の一連の出来事から学べていないのは、そのころ未成年者だったアルバイト店員以上に企業の側だと思うのです。
というのも、マイナビバイト等の求人サイトで「無添くら寿司守口店」を検索(2019年3月4日現在)すると、時給は大阪府の最低賃金である時給936円からで、タイトルには「履歴書不要!」の文字が使われているのです。
もちろん、問題を起こしたアルバイト店員が履歴書なしで採用されたか否かは分かりませんし、履歴書を提出していたからといって不適切動画投稿を防げるとは限りません。ですが、履歴書には人材をフィルタリングする効果が多少なりともあるはずです。それなのに「履歴書不要」にしてしまったため、質の悪い人材を招き入れかねない仕組みにしているのは事実です。
また、日本語の書けない外国人向けに履歴書を不要にするのは意味のあることだと思いますし、日本人の募集でも、企業が履歴書のような形式的な選考スキームを廃止して、書類では測れない優秀な人材を採用したいと考えるのはむしろ素晴らしいことです。
ですが、人材不足が叫ばれる中、「とにかく低賃金のままで働いてくれる人なら誰でもいいから来て欲しい!」というスタンスで履歴書を不要とするのであれば、今回のような問題は「身から出た錆」ではないでしょうか。
さらに、くら寿司(株式会社くらコーポレーション)の有価証券報告書(2019年)を見ると、単体ベースでの正社員比率は1万3133名中1252名であり、わずか9.53%です。アルバイト店員10人に対して正社員はわずか1人にすら達しておらず、彼ら自身も日常業務に忙殺される中で、正社員がアルバイト店員を監督したり十分に教育する仕組みが構築できているのか、疑問でしかありません。
くら寿司を運営する「株式会社くらコーポレーション」は、今後同様の事例が発生するのを防ぐ抑止力とするためにも、解雇した元アルバイト店員に対して民事で賠償責任訴訟を起こすという対応をとるようです。これは一定の支持を得ているようですが、上記のように様々な経営上のミスにより発生した側面も考えると、決して称賛に値する行為ではありません。
むしろ、起こった問題の責任の全てをさも当該アルバイト元店員になすりつけるようなやり方に対しては、疑問の念を感じざるを得ません。もちろん、元店員が刑事罰等を受けるのは必要なことかもしれませんが、企業が「100%被害者」とは決して言い切れない面もあることは、見落としてはならないと思うのです。 (つづく)
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