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安田菜津紀さんを育んだ絵本との出会い

“遠い地”へと向かう行動力と感性はどうやって生まれたのか

前田礼 コーディネーター/アートフロントギャラリー

自分以外に守るものがある人の強さ

 しかし、中学2年生で父を、中学3年生で兄を亡くした時の安田さんの悲しみはあまりに深かった。「家族ってなんだろう」と問い続けた安田さんは16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアに行く。学校の先生の勧めだったが、自分とはまったく異なる環境の子どもたちと出会うことで、自分の中に渦巻く問いに答えが与えられるかもしれないとも思ったという。

 カンボジアは30年近い内戦の傷跡が今も深く残る。それは、戦争は終わった後も人々を傷つけ続ける。そこで彼女が出会ったのが、「トラフィック・チルドレン」と呼ばれる「人身売買された子どもたち」だった。

戦地での少年との出会い、そして死について語る。拡大戦地での少年との出会い、そして死について語る。
 彼らがたどってきた過去は壮絶だった。しかし、それ以上に彼女が衝撃を受けたのは、自分自身の境遇を嘆くよりも、家族のことを案ずる彼らの姿だった。

 自分以外に守るものがある人の強さ。

 彼らとの出会いを通して、安田さんは「家族は、友だちは、自分のことをわかってくれない」と言う、自分のことしか見えていない、自分しか守るものがいない人の弱さに気づいていく。それは、「100万回生きたねこ」がなぜ生き返らなかったのか、という問いへの答えにも通ずる。

 人として生きるために大切なことを教えてくれた彼らに何かを返したい。彼らからもらったたくさんのことを誰かと分かちあいたい。帰国した安田さんはそう思ったという。それが原点だった。

 安田さんは自分が見てきたことを文章にし、出版社や新聞社に売り込んだ。高校生にしてジャーナリストへの道の第一歩を歩み始めたのだ。

遠い地の出来事に関心をもってもらうために

 同世代の人たちに自分が見て感じたことをどう伝えるか。関心をもたなかったものに関心を向けさせるにはどうしたらいいか。安田さんは「知りたい」という気持ちの最初の扉を開く写真の力に気づく。そして、写真の道へと進んでいく。

長谷川義史著『ぼくがラーメンたべてるとき』(教育画劇)拡大長谷川義史著『ぼくがラーメンたべてるとき』(教育画劇)
 彼女が選んだもう一冊の絵本は、長谷川義史の『ぼくがラーメンたべてるとき』だった。

「ぼくがラーメンたべてるとき、となりでミケがあくびした。」
「となりでミケがあくびしたとき…。」
「となりのみっちゃんがチャンネルかえた。となりのみっちゃんがチャンネルかえたとき…。」
と次々と続いていく絵本は、やがて、「となりのまち」から「となりのくに」、アジアの農村、中東と思われる町、そして「そのまたやまのむこうのくに」で倒れている男の子の姿を映し出す。最後に「かぜがふいていた…。」という言葉とともに、窓枠の向こうにラーメンを食べている「ぼく」を背中から描き、窓から「遠い地」を見つめる猫の後ろ姿で終わる。

 「私」という軸を拡げた延長線上に他者がいる。この絵本は、日常の中で小さなフックをつくり、想像力のてっぺんに少しずつ階段をかけていくためのヒントを与えてくれる、と安田さんは語った。

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筆者

前田礼

前田礼(まえだ・れい) コーディネーター/アートフロントギャラリー

東京大学大学院総合文化研究科博士課程(フランス語圏カリブ海文学専攻)在学中より「アパルトヘイト否(ノン)!国際美術展」事務局で活動。アートフロントギャラリー勤務。クラブヒルサイド・コーディネーター。市原湖畔美術館館長代理。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「ヨーロッパ・アジア・パシフィック建築の新潮流」等の展覧会やプロジェクトに関わる。『代官山ヒルサイドテラス通信』企画編集。著書に『ヒルサイドテラス物語―朝倉家と代官山のまちづくり』(現代企画室)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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