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『見渡す限りの卑怯者』稽古場レポート

幕が下りた後「さて、あなたは何を見ましたか?」と問いかけたい

中本千晶 演劇ジャーナリスト


拡大左から、谷川聖、伊達暁、矢吹世奈、百名ヒロキ、永宝千晶、大森博史=岩田えり撮影

 3月19日より池袋・あうるすぽっとにて幕を開ける『見渡す限りの卑怯者』。古川貴義の作・演出で、2012年に初演された作品だが、今回は脚本を大幅に改変しての再演となる。初日を10日後に控えた稽古場を見学させてもらった。

 初演で松田賢二が演じた主人公・権田陽介役に百名ヒロキが挑戦する。このほか出演者には大森博史、伊達暁、文学座の永宝千晶、元宝塚歌劇団の矢吹世奈、そしてAKB48の谷川聖と、多彩なジャンルからのキャストが顔をそろえる。

 主人公の権田陽介(百名)は画家を志す若者だ。だが、ある事件を起こし精神鑑定を受けた結果、隔離病棟に措置入院することになる。そこで出会ったのが、権田の絵の師匠、坂東(大森)だった。坂東は権田に「俺以外はみんな頭がいかれた連中だ。俺の言うことだけを信じろ」と言うが……。

ダメ出し第一声「うん、面白くなってる!」

拡大『見渡す限りの卑怯者』稽古場から=岩田えり撮影

 今回、見せてもらったのは全5場中の第4場。物語がいよいよ佳境に入るところだ。最初に、暴れる権田を医師や看護師たちが取り押さえる「殺陣」の部分の確認が行われた。ロープの縛り方やタイミング、持っていた絵筆はいつ落とすのか、注射器の持ち方など、一挙一動が丁寧に確認されていく。縛るロープの材質についても真剣に検討がなされていた。

 演出の古川さんからは「なぜこう動かなければならないか」の指示がロジカルになされていく。大森さんが矢吹さんに「ここ、頭上に気をつけて」とアドバイスしたり、伊達さんから古川さんに「ここは前を向いた方がいいよね」と提案があったり、キャストからも次々と声が上がるのが頼もしい感じだ。

 そしていよいよ第4場の通し稽古が始まった。画家を志す権田陽介(百名)は、どうやら自分の才能に対する不安が大きいらしい。病棟で絵を描かされるが、突然全身が痙攣し、手が震えて絵筆も持てなくなってしまう。あらゆる方向にエネルギーを爆発させなくてはいけない役どころのようだ。

 その彼にとても大きな影響を与えているらしいのが師匠の坂東(大森)。だが、どうやら彼も画家としてはうだつが上がらなかったようだ。権田は「先生!先生!」と坂東を追い求めるが、医師たちに取り押さえられてしまう。どこからともなく現れたかと思ったら、いつの間にか消えている坂東。何とも不思議な存在である。

拡大『見渡す限りの卑怯者』稽古場から=岩田えり撮影

 陽介の姉、悦子(永宝)は弟のことをとても愛しており、深すぎるくらい深い絆で結ばれた姉弟のようだ。一見ふわっとした優しそうな雰囲気の女性だが、じつは一筋縄ではいかないトンデモ女性であることがだんだんとわかってくる。

 病棟の院長の玉虫(伊達暁)と新人医師の美月(矢吹世奈)。患者の治療方針について二人は異なる考えを持っており、真っ向からぶつかり合う。凛とした美月の前に冷徹に立ちはだかる玉虫。2人の考え方の違いは「健常な人間とは?」という根本的な問いにもつながっており、その対立の深まりが作品の主題にもつながっていく気配がする。

 そして看護師の恵村(谷川聖)、いつも必死なのだが、ちょっとした仕草がユーモラスで、シリアスな展開の中で少しホッとさせてくれる存在でもある。演出の古川さんも通し稽古を見ながら大笑いしていた。だが、彼女と美月の間にも何やらただならぬ関係がありそうだ。

 ダメ出しでの古川さんの第一声は「うん、うん、面白くなってる!」。丁寧に稽古した殺陣も「スリリングで良かった」。ここまで仕上がって来たところで、また新たな課題も出て来た模様で、さらに細かいダメ出しがある。出演者たちは真剣に耳を傾け、メモを取っていた。

 なにぶん謎が次々と解き明かされていくサスペンスの要素もあるので、ここで詳しくお伝えしてしまうと観劇が面白くなくなってしまう。したがってネタバレは厳禁。「…ようだ」「…らしい」ばかりのレポになってしまったが、これを読んでもどかしさを感じた人は是非劇場まで真相を確かめに来て欲しい。

千秋楽まで満足できる日は来ない(百名)

拡大『見渡す限りの卑怯者』稽古場から、権田陽介役の百名ヒロキ=岩田えり撮影

 では、稽古の休憩時間にお聞きした皆さんのコメントをお届けしよう(カッコ内は役名)。

百名ヒロキ(権田陽介)
 権田は真っ直ぐすぎてあんな風になっちゃうのかなあと思う一方で、誰もがああなる可能性があるとも思います。権田に負けずに僕もパワーを出していきたいですね。毎日が試行錯誤の連続で、今は余裕がありません! 悔しいけれど、たぶん千秋楽まで満足できる日は来ないんじゃないかな。でも、それはある意味充実しているということだと思うんです。いろんな受け取り方ができるお芝居で、自分でも様々な葛藤があってゴチャゴチャしていて……でも世の中ってそんなものかもしれないと考えさせられます。人間の汚い面もきれいな面もさらけ出すお芝居を、6人で熱くお届けしたいですね。

大森博史(坂東哲)
 今回の役は普通の人間をつくる感じと違うので、それが難しくもあり面白くもあり、というところです。無理に作っても変ですしね。台本に含まれている構造自体がとても面白いので、それをどう表現していくかを考えながらお稽古を進めています。日々発見の連続で、最終的にどっちへ向かうのかが、これからまだまだ楽しみです。人間のいろんな要素が見え隠れし、それぞれの人物がぶつかり合って成長したり、壊れたりするこの作品は、お稽古場で見ていてもとても面白いんです。ご覧になったお客様もきっとどこかに火がつくのではないでしょうか。

伊達暁(玉虫雅紀)
 玉虫は「積極的に薬を使って治療すべきだ」という信念を持った医者です。百名くん演じる権田に対する、お客さまと一緒の目線の観察者でありたいと意識してやっています。初演から大きく設定が変わり、作品に新たな命が吹き込まれているので、お稽古は新しい発見をする作業ですね。この作品、扱っている題材は病気のことですが、笑えるお芝居です。文字で書くと色々なとらえられ方をされてしまうかもしれませんが「面白い」んです。深刻なだけではない、台本にもある通りの「笑える」芝居をつくっていきたいと思っています。

◆公演情報◆
ジェットラグプロデュース『見渡す限りの卑怯者』
2019年3月19日(火)~3月24日(日) 東京・あうるすぽっと
お問い合わせ:ジェットラグ info@jetlag.jp
公式ホームページ
[スタッフ]
作・演出:古川貴義
[出演]
百名ヒロキ、大森博史、伊達 暁、永宝千晶(文学座)、矢吹世奈、谷川 聖(AKB48)
★百名ヒロキ&矢吹世奈インタビューはこちら

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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