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[書評]『アラフォー・クライシス』

NHK「クローズアップ現代+」取材班 著

佐藤美奈子 編集者・批評家

「あきらめ感」というクライシス

 「就職氷河期」世代――バブル崩壊後の、日本経済が一気に冷え込んだ1990年代後半から2000年代前半に社会に出た世代が、現在、いわゆるアラフォーを迎えている。主に1974年から83年生まれの人たちのことだ。本書は、彼らが直面し(続け)ている「クライシス」について取材し、NHKのテレビ番組「クローズアップ現代+」で2回にわたり報告した内容をもとにしている。ただし、放送には含まれなかった取材内容と「反響編」を加え、アラフォーが抱える問題を仕事、結婚、家族(介護・きょうだい)別に整理し、最終章に「救済・対策編」を置いて編まれる。

『アラフォー・クライシス――「不遇の世代」に迫る危機』(NHK「クローズアップ現代+」取材班 著 新潮社)定価:本体1400円+税拡大『アラフォー・クライシス――「不遇の世代」に迫る危機』(NHK「クローズアップ現代+」取材班 著 新潮社) 定価:本体1400円+税
 各種統計データや指標が明らかにする、アラフォー世代の不遇ぶりとはたとえばこのようなものだ。「求人倍率が低い氷河期に就職活動をせざるを得なかった」「20代で十分な能力開発の機会を与えられなかった」「ひとつの職場で長く働き続けた人が少ない」「アラフォーを迎えた今も、上の世代と比べて給与が月2万円以上も低く抑えられている」「会社がバブル期に上の世代を大量採用した影響で、昇進・昇格が遅れ気味」。

 アラフォー世代の労働人口約1500万人のうち約383万人が非正規労働者(本書より)。現在社会の中核を担うべき世代の4人に1人以上が非正規雇用で働いていることになる。とくに最初の就職が非正規雇用だったことでキャリアが積めず、40代になると年齢制限から正規雇用への転職がいっそう難しくなる「非正規ループ」にはまった人々の声は、たとえ低く抑えられていても悲鳴として響いてくる。それは「非正規ループ」が仕事のその後のみならず、結婚や家族の問題にも複雑で深刻な影響を及ぼしていることが、取材対象となった一人ひとりの「人生の物語」から感じ取れるからかもしれない。「引きこもり」問題とのつながりも強い。

 しかしそれだけではない。「悲鳴」に聞こえるのは、彼ら・彼女らのほとんどが口にする「自己責任」という言葉、示す自信のなさ、あきらめ感といったものが、「アラフォー・クライシス」を「クライシス」たらしめていると感じるからだと思う。こうした「あきらめ感」、「自己責任だから」と口にせざるを得ない空気感が、読後に最も重く心にのしかかり、やり切れなかった。

 ただし、「あきらめ感」を払拭できれば、事態の深刻さに変化はなくても、クライシスではない局面が見えてくるのではないか、と言うこともできる。彼ら・彼女らはなぜこんなに「自信のなさ」に覆われなければならないのか。「アラフォー世代に結婚しない女性が増えたのは、『自己責任』なのか」という取材者の問いに対し、家族社会学者で「婚活」という言葉の生みの親でもある山田昌弘氏はこう答える。

 「社会学の考え方だと、100人のうち1人や2人だったら自己責任でしょう。でも未婚率が30%とか40%になってしまうのは、それはもう自己責任ではなくて、社会構造の問題なんです」

 上に述べる「社会構造」に関係して、『ルポ 貧困女子』(岩波新書)などで知られるノンフィクション作家・飯島裕子氏は、次の見解を示す。

 「『氷河期』というのは『求人倍率が極端に低かった時代』でもあるけれど、それだけではありません。それは長年続いてきた学校から職場への移行が当たり前ではなくなった時代の幕開けでもあり、就職の先にあった結婚、家族形成……にまで影響を及ぼしてしまったと言うことができます。さらに女性の場合で考えるなら、学校→就職→結婚(=退職)という旧来のモデルが崩れた、若い世代の男性たちの雇用が悪化したことにより“大黒柱”が不在となった状況とも言えると思います」

 つまり、アラフォー世代の親世代が仕事や家族構成で「普通」「常識」と見なしていたルールや慣習が「普通」でなくなるという「社会構造」の大変化を考慮せずに、(今挙げた例では)未婚イコール「自己責任」だと決めることはできない、ということ。「学校→就職→結婚」コースを支えた旧来モデル――企業における年功序列や終身雇用など――は崩れているにも拘わらず、これらを「普通」と見なす意識が親世代のみならずアラフォー世代自身にも強く残っているために、「自信のなさ」「あきらめ感」が大きくなっていると推測される。

 そのようななか、「経済力のある女性と結婚したい」とはっきり意思表示する39歳の男性山口さん(仮名)の例には、ある頼もしさを覚えた。山口さんは大学中退後、非正規職を転々としながら実家で母親と二人で暮らしている。かつては「相応の仕事と収入」がなければ男性は「婚活」さえしてはいけない、という考えだった。ところが、兄が2児を儲けた後に病気が原因で働けなくなり、妻の仕事に生計を完全に依存する様子を見て「男性に経済力がなくても、結婚を考えてもいいのではないか」と考えるようになった。そして言う。「なにをそんな甘ったれているんだ、と思われたりするかもしれませんけど。やっぱり一度きりの人生じゃないですか。どうせなら後悔しない人生を送りたい」と。

 この言葉は、最終章の「救済・対策編」で労働経済学者・玄田有史氏が述べる「『感動』も『希望』も、“する”もんであって、“与えられる”ものじゃないんだよ」という言葉とも響き合う。取材班は最終章で、アラフォー世代への社会的な支援の仕組みを作ることと同時に(実際、国や地方自治体等で支援は始まっている)、考えなければいけないことがあるとして、「アラフォー世代の“こころ”のあり方」を問題にする。山口さんのように「後悔しない人生」とは何かという地点から現状を捉え返すことは、不遇ぶりを「自己責任」という言葉や「あきらめ感」で表さざるを得ない空気が覆う地点とは別の場所に、自身を立たせてくれるのだ。

 自分一人ではどうすることもできないものとして、世間の空気はある。しかし同時に、世間の空気を吸い込みながらも、自分一人の場所から好きな一歩を踏み出す自由は恐らく誰にもあるのだ、そんなことを考えさせられた。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

佐藤美奈子

佐藤美奈子(さとう・みなこ) 編集者・批評家

1972年生まれ。書評紙「図書新聞」で記者・編集者をつとめた後、2008年よりフリーランスに。現在、講談社などで書籍編集・ライターの仕事をし、光文社古典新訳文庫で編集スタッフをつとめる。自身の読書の上では吉田一穂、田村隆一といった詩人の存在が大きい。「死と死者の文学」を統一テーマに「古井由吉論」「いとうせいこう・古川日出男論」(各100枚)を『エディターシップ』2、3号に発表。