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新元号に思う

中沢けい 小説家、法政大学文学部日本文学科教授

銀座・和光のショーウィンドーに掲げられた新元号「令和」の文字=2019年4月1日、東京都中央区

 平成元年4月1日は、消費税3%導入の日だった。当時、消費税のために価格に端数が生じ、1円玉が不足したことをよく記憶している。1円玉で勘定をすると喜ばれた。1円玉を集めて持参すると、何かおまけがもらえるというようなサービスをする店もあり、その頃、保育園に通っていた息子や娘と一緒に家の中で1円玉を探し集めたこともあった。あれから30年。保育園児だった息子は1歳児の保育園児の父になり、娘は3歳児の娘に加え、昨年の暮れには双子が生まれ3人の子の母になった。3歳を迎えた女の子は4月1日から新しい保育園に通う。3歳までの乳幼児対象の保育園から、学齢期前の子までを対象にした保育園への転園だ。4月1日は新しい保育園の入園式があると言うので、双子の孫のお守りをすることになった。そんなわけで、まだ生まれて3カ月ばかりの双子と一緒にお留守番をしながら、NHKの新元号制定に関する番組を見ていた。

 近頃はテレビをほとんど見ない。ニュースも気象情報も、たいていは仕事をしながら、ネットで拾っている。ネットで得た情報をあとから紙の新聞で確かめることはある。紙の新聞は切り抜きができる。また赤線を引いたり、書き込みをしたりするなど手を使う作業ができる。ネット記事をプリントしたものより、従来の紙の新聞で作業をしたほうが印象に残るのは、どういうわけだろう。そのわけを考えればいろいろと上げられるが、話をテレビをほとんど見ないというところに戻そう。久しぶりに見たテレビが、新元号制定の特番だった。NHKが現政権寄りの報道をしていることは、SNSでも話題になっている。新元号制定について、通常の番組にテロップを流す程度ならまだしも、すっかり通常の番組ではなく特番にしているのは、日頃、耳にする通りの政権よりの態度と受け止めていいのだろう。

ものものしい中継映像の特番

 特番を見ていると、自然と「諒闇(りょうあん)」という言葉が浮かぶ。先帝崩御から新帝即位の慌ただしさと緊張感の中で、儀礼が粛々と進められていく、と言うのなら、全ての番組を特別番組に切り替えるという態度も分からないではないが、この度の改元は譲位であり、実際の新帝即位までにまだ1カ月がある。にもかかわらず、このものものしい中継を含んだ映像は何事であろうかと、やや、あきれ気味でテレビを見ていた。通常の番組に新元号制定手続きの進み具合をテロップで流す程度で十分なのではないかと思われた。

 それにしてもなぜ4月1日発表なのだろうか。いや、よりによってエイプリール・フールを選ばなくともよいのにと、嘆息したくなる心持ちがあった。新元号には安倍晋三首相の「安」もしくは「晋」の文字が使われるのではないかと、取り沙汰され始めたのは、2月のうちだった。SNSでそんな憶測が出回るのを見ながら「まさか」と当初は悪い冗談と受け止めていた。が、韓国の3・1独立宣言祝賀節に、日本の外務省HPに「渡航危険情報」などが出されるに及び、度を越えた政府の態度に不安を覚えた頃から、首相の元号私物化もあり得るのではないかと、気がもめた。3月の末に近づくほど、安倍晋三氏の名の一文字が元号に採用されるのではないかと言う憶測は現実味を帯び始める。一方で、安倍首相は「国書」を元号の出典とすることを求めていた。韓国を敵視、「地球儀外交」と称して中国包囲網を唱えていた首相の提案である。

「安」や「晋」の文字がなかったことの安堵感がツイッターに

 いざ新元号が発表になると懸念された「安」や「晋」の文字はない。当然と言えば当然だが、これに安堵した人はけっこういるはずだ。新元号は「令和」で、出典は「万葉集」で梅の歌を歌った歌の詞書からだと言う。双子のおもりをしながら、万葉集の梅の歌の詞書であれば、何か中国と関連を持っているだろうと、菅官房長官が額を掲げる映像を見ていた。官房長官の新元号発表に続き、安倍首相が記者会見。新聞各誌は菅官房長官が新元号を墨書した額を掲げた写真を一面に使ったが、読売新聞は1日夕刊、2日朝刊ともに安倍首相の記者会見の写真を用いていた。皇室の政治利用の非難があがるかと、ツイッターの投稿を覗いてみたが、多くは「安」や「晋」の文字がなかったことの安堵が先に走り、首相による皇室の政治利用だと非難するまでには

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