2019年04月03日
近ごろの若い人々は、お笑いの世界の言葉をよく日常会話に入れてくる。その一つに「出落ち」というのがあって、「結局、〇〇さんの出落ちだったんですよねー」などと言われて、わかるような、わからないような。
そんな私なのだが、最近、故あって深夜放送をよく聞いている。「山里亮太の不毛な議論」(TBSラジオ)がお気に入りだ。
常連リスナーの1人に、「アリゾナ州」在住という人がいる。最初にその人の投稿が読まれたとき、「アリゾナ州のラジオネーム」、そう言いながら山ちゃんは少し笑い、シャープな投稿を読み終えて「アリゾナ州って今、何時なんだろう。っていうか、アリゾナ州ってアメリカのどの辺なんだろう。なんか出落ちになっちゃったなー」と言っていた。
それで「出落ち」を理解した。登場の瞬間が、一番おもしろい。そんな感じなことを言うのね。やっと納得した。その体験を経て、今、私はこう思っている。
「まんぷく」って、安藤サクラの出落ちだったんだー。
「安藤サクラが朝ドラのヒロインに」と発表されたのが2018年1月末。その時から、強調されていたのは「幼い子どものママをヒロインに起用するのは初めてで、安藤は長女を連れて大阪に『単身赴任』する予定」ということだった。
安藤は俳優の柄本佑と結婚、17年6月に長女が生まれた。生まれた直後なのか直前なのか、NHK大阪は安藤にヒロインをオファーし、安藤もそれを引き受けた。そうして「初のママ」が「単身赴任」で撮影に臨むという形で、「まんぷく」は始まった。
「働く女性」という視点からは、頼む方も引き受けた方も、どちらにも勇気あることだったろう。だから安藤サクラという女優の「撮影時の状況」が話題となるのは、決して悪いことだとは思わない。
さらにいうなら、2019年4月スタートの「なつぞら」は「朝ドラ100作目」。「99作目」の「まんぷく」は、話題性においてどう考えても分が悪い。「初のママ」「単身赴任」を強調するという製作陣の戦略も、大いに理解できる。
だからこそ、そういう仕掛けの「まんぷく」が作品としてどうだったか。そこが勝負だと思いつつ見続けた。結論は、うーん、「出落ち」だった。
ダメな作品ではなかった。伏線はちゃんと回収し、矛盾は残さない。さらには「夫を支える妻」路線でありながら、今日的なメッセージも打ち出す。練られた脚本だったと思う。
メッセージ性を担っていたのは、安藤演じる福子の母・鈴(松坂慶子)だった。彼女は「心配性」だという設定で、最終回で「まんぷくヌードル」が大ヒットしても、「ダメよ、有頂天になったら。ええことがあったら、悪いことが起こるんだから」と萬平(長谷川博己)・福子夫婦に言っていた。
だがこの心配性、鈴という人に「本音」を語らせるための仕掛けだと私は理解した。女性に本音を語らせるには、「理由」が必要な時代だったということだろう。
福子は「萬平さん」一点張りで、現代の視聴者(中でも女性)からすれば、物足りないというかちょっとストレスというか、そんな存在だと思う。その不満を、明治生まれの鈴(自ら「私は武士の娘です」と折に触れて語る)が発する「本音」によって、少しでも下げてもらう。意外感があって効果的な仕掛けな上に、松坂慶子だからこそホンワリした楽しい場面になる。
戦後すぐに萬平が始めた塩づくりで、できた塩を見て「茶色い、茶色い」と繰り返す鈴。「まんぷくラーメン」が完成、福子が宣伝ポスターやCMに出るのだが、渋る福子の横で出たい気持ちがダダ漏れの鈴。他にも「鈴さん名場面」はたくさんあった。それを見るたび私はクスッと笑い、「専業主婦もの」という大きな構図への不満を解消させてもらった。
戦前戦後を生きて最終的には成功者となる人の妻だとしても、安藤演じる福子の「萬平さんファースト」は、
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