2019年04月12日
2月発売の「中央公論」3月号で、新書大賞2019が発表された。1位は吉田裕さんの『日本軍兵士』(中公新書)。対象になっているのは、2017年12月~2018年11月に刊行された新書だ。これとほぼ同じ期間を集計対象とする「新書ノンフィクション」ジャンルの2018年年間ベストセラー1位(日販調べ、以下同様)は下重暁子さんの『極上の孤独』(幻冬舎新書)。『日本軍兵士』は年間ベストセラーのトップ10には入っておらず、『極上の孤独』も新書大賞のトップ10にランクインしていない。
新書大賞の1位が年間ベストセラー10位以内に入らず、年間ベストセラー1位が新書大賞10位以内にランクインしないというのは、昨年も同じだ。新書大賞1位は前野ウルド浩太郎さんの『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)、年間ベストセラー1位はケント・ギルバートさんの『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社+α新書)だった。
小説が対象の2018年本屋大賞は辻村深月さんの『かがみの孤城』(ポプラ社)で、年間ベストセラー(単行本フィクション)でも1位。2017年も同様で、本屋大賞1位と年間ベストセラー1位はともに恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)だった。
書店員のみが投票できる本屋大賞は、「売り場からベストセラーをつくる」ことを目的にしている。だから本屋大賞と年間ベストセラーの顔ぶれが重なってくるのは、まあ当然のことだ。
対して新書大賞は、「1年間に刊行されたすべての新書から、その年〈最高の一冊〉を選ぶ」賞とされる。投票者は、「有識者、書店員、各社新書編集部、新聞記者」など、主催する中央公論新社が選んだ「新書通」だ。「新書通」に「評価される新書」と、ベストセラーランキングに入る「売れる新書」が、かなりくっきり分かれるのは、現在の教養新書市場の大きな特徴と言えるだろう。
……などと、ランキングを眺めてみたのは、元岩波書店・井上一夫さんの『伝える人、永六輔――『大往生』の日々』(集英社)を読み、もし当時新書大賞があったら、『大往生』は1位をとったのだろうかと、ふと思ったからだ。
永六輔さんの『大往生』(岩波新書)は1994年3月刊行。発売1年で190万部を超え、現在までに累計246万部。続く『二度目の大往生』(1995年)から『伝言』(2004年)までの8冊もすべて10万部をクリアし、総部数は400万部超。1冊で440万部超という養老孟司さんの『バカの壁』(新潮新書、2003年)もあるが、永さんのシリーズも、空前絶後のお化け新書と言っていいだろう。
井上さんは岩波新書編集部時代に『大往生』を担当し、その後、営業部に異動になってからも永さんのご指名で担当を続け、9冊全部の編集に携わった。シリーズ最後となった『伝言』まで、永さんと共に仕事をした10年を振り返り、編集者から見た「永六輔」を綴ったのが『伝える人~』だ。
私が以前の勤務先・PHP研究所で携わったPHP新書の創刊は1996年。まだ『大往生』ブームが続いていた時期だ。以来、途中数年のブランクはあるが、ずっと新書編集に携わり、井上さんとも親交がある。永さんの新書の快進撃はリアルタイムで目撃していたし、井上さんからもいろいろエピソードをうかがっていた。それでも今回、本を読んで、あらためて知り、学び、驚くことがとてもたくさんあった。
まず挙げたいのは、「『大往生』は誰が買ったのか」ということ。本でも書かれているが、当時、ヒットの理由は、「お堅い岩波新書とタレント永六輔さんの意外性・ミスマッチ」とよく言われた。実際、私もそう思い、編集者仲間でもそれが一致した見方だった。
「ミスマッチ」はたしかに起動力になったのだろう。だが、そこから先は、そもそも岩波新書のことなど知らない、もっと言えば、ふだん本そのものをあまり読まない層が手にとったから、『大往生』はベストセラーになった。
「女性」「中高年(かなり「高」寄り)」「ふだん本を読まない」という読者層は、現在携わっている幻冬舎新書(創刊して12年)で、数十万部を超えるベストセラーとなった本にも、そのまま当てはまる。
私が新書の仕事に携わるようになってから、何回か「新書ブーム」と呼ばれる時期があった(1998年とか2005年とか)。ブームとは読者の裾野が広がることで、それはすなわち、「教養新書のカジュアル化」「教養新書の溶解」のプロセスだった。その結果、いまや新書は、「新書のかたちをした本。中身はなんでもあり」という以上の定義づけはできないものになった。が、その先鞭をつけたのが『大往生』だった。これは、今回本を読んでの、ある意味、新しい発見だった。 (つづく)
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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