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『大往生』永六輔さんの「売れる新書のセオリー」

小木田順子 編集者・幻冬舎

永さんと箕輪くん

ジオ局のスタジオでマイクに向かう永六輔さん。自身の病気についてもよく話題にした=2014年12月拡大ラジオ局のスタジオでマイクに向かう永六輔さん=2014年12月
 最後に挙げたいのは、『大往生』の売れ方、永さんの売り方についてだ。

 永さんは、『大往生』ヒットの理由として、「ラジオの力」を挙げている。永さんは自分をラジオタレントと呼んでいる。永さんがパーソナリティを務め、月~金で放送された「永六輔の誰かとどこかで」(TBSラジオ)は、2013年まで46年続いた超長寿番組だった。ラジオを起点とした口コミの広がりがベストセラーの原動力になっていたことは、井上さんも実感していたという。

 もうひとつ、口コミを広げる推進力になったのが、永さんの手紙だった。ラジオ局気付、編集部気付で読者から届く膨大な数の手紙に、永さんは必ず返事を書いていたそうだ。永さんから返事をもらった読者は当然のことながら感激し、また永さんに手紙を書く。そうやって永さんと読者との間に回路ができる。そこで築かれた信頼関係が、『大往生』のシリーズを支えたと井上さんは述べている。

 また永さんは、街の書店の応援団でもあった。2000年に『夫と妻』『親と子』が同時刊行されたときには、北海道から沖縄まで、全国七十数軒にのぼる書店でサイン会が開かれた。2001年に『嫁と姑』が刊行された際には、1日かけて都内の書店を回る「大江戸線一周サイン会」も決行された。

永さんは全ての投稿者に返事を出し、1日100通以上になることも。晩年、パーキンソン病を患うなどして字が書きにくくなると、特製のスタンプを押して返事を出し続けた。「御手紙が毎日百通を越えています。御返事の乱筆をお許し下さい永六輔さんがはがきに押していたスタンプ拡大永六輔さんはラジオ番組「永六輔の誰かとどこかで」のすべての投稿者に返事を出した。晩年、病などのため字が書きにくくなると、特製のスタンプを押して返事を出し続けた。
 サイン会では永さん自らがマイクを持って口上を述べ、読者とのツーショット撮影に応じ、客が途切れると、店頭に出て呼び込みを行ったという。まさに、シリーズの一冊『商人』そのままだ。

 このような井上さんの描く永さんを読んで思ったのは、「これ、箕輪くんだ!」ということだった。

 箕輪くん=箕輪厚介くんというのは幻冬舎の後輩。堀江貴文さんの『多動力』や前田裕二さんの『メモの魔力』などのベストセラーを連発している辣腕編集者……というだけでなく、「箕輪編集室」というオンラインサロンを主宰し、自身の著書『死ぬこと以外かすり傷』(マガジンハウス)も12万部を超え、テレビのコメンテーターとしても引っ張りだこ。メディア関係者や、クリエーター志望の若者の間では、もはやカリスマ的存在だ。

 箕輪くんはつねづね「本を書店においてもらうだけではもう売れない。本を買ってもらうには、著者や編集者を核にしたコミュニティが必要だ」と話す。永さんがラジオを起点にして築いた口コミのネットワークも、言ってみればコミュニティだ。永さんがラジオでやったことを、インターネットの時代の箕輪くんは、オンラインサロンというかたちでやっている。

 永さんが読者からの手紙に必ず返事を書いたように、箕輪くんはTwitterで読者に応答している。自分が担当した本の著者にも、本に関するTwitterでの投稿には丁寧に「いいね!」や「リツイート」や「コメント」をするようにと、アドバイスしているそうだ。

 また地方に講演に呼ばれることも多い箕輪くんは、行く先々の書店にゲリラ的に顔を出す。もちろん、書店は大歓迎。最近、箕輪編集室では、書店向けのメルマガも始めた。箕輪くんが担当している著者も、書店でのイベントやサイン会を精力的にこなす。その様子は逐一SNSで伝えられ、またコミュニティが広がっていく。

 昭和の良心・永さんと、出版界の価値紊乱者・箕輪くん。二人が似ているなどと言ったら、永さんファンも、箕輪くんファンも眉をひそめるのかもしれない。だが、井上さんの本を読んで、私の中でこの二人はつながり、「実はこんなにラディカルな人だったのか」と、永さんのイメージは大きく変わった。

25年後の新書大賞

 前稿の話に戻ろう。当時新書大賞があったら、『大往生』は1位をとれたのだろうか?

 新書の雄・岩波新書が、あんな売らんかなの軽い本を出して……などと「新書通」から敬遠されて、やはり1位はとれなかったのかもしれない。私もちょっとひねくれて、嫉妬して、票を投じなかったかもしれない。

 だが、『大往生』は、当時私が思っていたよりも、はるかに革新的で、時代を画した新書だった。そして、インターネット以前の時代の本でありながら、『大往生』と永さんが示した「売れる新書のセオリー」は、今でもそのまま通用する。今回、井上さんの本でそのことをあらためて学び、25年経った今なら、断然イチ推しで『大往生』に投票する!と思うのだった。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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筆者

小木田順子

小木田順子(こぎた・じゅんこ) 編集者・幻冬舎

1966年、長野県生まれ。90年、PHP研究所に入社。PHP新書創刊に携わる。2005年、幻冬舎に入社し、幻冬舎新書の創刊に携わる。気がつけば、編集者人生の大半を新書編集者として過ごしている。担当した本は村山斉『宇宙は何でできているのか』(新書大賞2011)、香山リカ『しがみつかない生き方』、國分功一郎『来るべき民主主義』など。書評誌『いける本・いけない本』編集長も務める。