
タイガーマスクの派手ないでたちで街中を走る「新宿タイガー」
タイガーのいる風景
街で新宿タイガーを見かけたことが2回ある。1980年代半ばとゼロ年代の初頭だったと思う。最初のときは目の前の事態がよく分からず、連れの友人に尋ねた。すると彼はたしかこんなことを言った。
「あの人はタイガーマスクになる修行をしているお坊さんらしいよ」
2回目は、タイガーが新宿の名物であることをすでに知っていた。自転車に乗って靖国通りをさーっと横切っていった。「ああ、まだやってるんだな」と口の中でつぶやいた。
80年代の半ばに私は出版社のサラリーマンで、ゼロ年代には2回の転職を経てもう“後のない”自営業者に転じていた。「ああ、まだやってるんだな」というつぶやきは、そんな自分と彼を比べた感慨でもあったのだろうか。
新宿タイガーとして生きると決めた1970年代から、その人はずっとスタイルを変えていない。毎日6時間かけて新宿の街で朝日新聞を配達し、仕事が終わると映画館をはしごし、ときにはゴールデン街に出没する。
本人が言うように、金にもモノにも名声にも、いわんや権力にも執着はない。木枯らしの日も炎熱の日も、タイガーマスクのお面をつけ、ぬいぐるみやら造花やらが絡まり合った大きなデコレーションをかついで、新宿の街を駆け抜けていく。
それは何のためなのかと問えば、スローガンのように「愛と平和」と答える。そいつは一種の韜晦(とうかい)ではないのかと疑うのは野暮。もうすぐ半世紀になる「修行」は、彼の言動を、街を吹き抜ける風のようにさりげないものに変えつつある……。