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蕎麦を食べる「新宿タイガー」。冬は温かい蕎麦を選ぶ=25日午後8時11分、東京都新宿区拡大冬は温かい蕎麦を選ぶ

タイガー探しの旅

 『新宿タイガー』はそんな風変わりな人物(本名:原田吉郎さん)を主人公にしたドキュメンタリー映画である。監督は撮影も編集も兼ねる佐藤慶紀。寺島しのぶがナレーションを務める。出演者はすべてタイガーの友人や知人、そして街の人々。知り合いの中には、彼が想いを寄せる女優が何人もいる。宮下今日子、睡蓮みどり、里見瑤子、しのはら実加、速水今日子……。

 飲んで、彼女たちを褒めて褒めて、褒めちぎるタイガーの熱はただものではない。しかもどうやら、彼の褒め殺しはどこまでいっても見返りを求める湿気を含まない。御年71歳。彼のもうひとつのスローガンである「シネマと美女と夢とロマン」は、美女をシネマのように、夢のように、そしてロマンのように愛でるというメッセージと見た。

 それぞれの人が、タイガーの人となりやエピソードを語る。中には田代葉子のような、ゴールデン街や震災後の東北でさまざまな人生を見続けてきた“人の目利き”もいる。でもそれらの多くの人の証言を足しても掛けても、タイガーの正体は分からない。

 彼を取り巻く人々も、観客も、ひょっとすると本人さえ自分の正体をつかみかねている。初日舞台挨拶で「見れば見るほど、タイガーさんのことがわからなくなっていくのがこの映画の魅力」と語った睡蓮みどり。これこそ言いえて妙で、彼のあの饒舌はその「分からなさ」を隠す煙幕のようなものなのかもしれない。それでも映画はとめどもなく語り続ける主人公を映し続けるから、観客はいつしか「タイガー探し」を無意味と感じる自分に気づく。

 いうまでもないが、「タイガー探し」とは「自分探し」の代替行為である。その虚しさに人々は気づき、鼻白み、苦笑する。これはある種の「タイガー効果」である。

混住都市の成り立ち

 映画の中でも紹介されていることだが、かつて「朝日新聞」(東京版)には「タイガーが走る街」という記事が連載されたことがある。最初は2000年の2月22日から4月29日までの15回、2度目は2015年の3月15日から12月4日までの17回。

 私見だが、出色なのは2000年の記事の方だ。タイガーと新宿の街になにがしか縁のある人々が毎回登場する。終戦直後にラーメン屋「幸来軒」を開いた老夫婦、学者の道を捨てて職安通りでコリアンスーパーを始めた韓国人、廃校になったかつての超モダン校、旧四谷五小の卒業生たち、路上や出先で「肩もみ屋」を営む中年男性……。この街で生きるさまざまな住民たちが、新宿という“混住都市”の成り立ちを伝えていた。

 この連載記事を読んで合点したのは、ここに登場する人々はつまり、タイガーという人間の背景であると共に、彼自身の中に取り込まれた「さまざま」でもあることだ。

 連載に目を通しているうちに、懐かしい名前に ・・・ログインして読む
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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

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