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「アイヌ新法」はアイヌの先住権を葬る欠陥法

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

衆議院国土交通委員会で、アイヌ新法案が可決された=2019年4月10日拡大アイヌ新法案を可決した衆議院国土交通委員会。傍聴席にはアイヌの民族衣装姿も=2019年4月10日

アイヌの歴史について記されず

 そもそも法案には前文がなく、したがって立法趣旨が、ひいては歴史認識が示されていない。だから自ずと、アイヌに対し日本政府がとってきた「同化政策」について、反省も謝罪もない。

 これは少々異常ではないか。それは、例えば本年3月に成立した「強制不妊救済法」の場合と比較してみると際立つ。後者も責任の主体を曖昧にした点で欠陥が大きいが(朝日新聞2019年3月15日付)、アイヌ新法案の欠陥はそれとは比較にならない。同化政策とは、一種の民族絶滅政策だったのであるから。

 なるほど第1条は、新法の目的にふれつつ、「アイヌの人々の誇りの源泉であるアイヌの伝統及びアイヌ文化(……)が置かれている状況……に鑑み」と記している。だがこれでは、「アイヌの伝統及びアイヌ文化」の置かれた状況、つまり激しい衰退状況は、まるで自然現象であるかのようではないか。新法案には、伝統・文化の「振興」が依然として求められる状況を、誰が、どのような方針の下に、どのようにして作り上げてきたのかについての反省は、何ら見られない。つまりこの状況を、明治期以降の和人政府が、「同化政策」という明確な方針の下に、アイヌの土地と生業を奪うことで作り上げた、という事実についての反省が見られないのである。

 こんなことだから、たとえ新法案が「アイヌ文化」のなかに、アイヌ語およびアイヌの音楽・舞踊・工芸等のみならず「生活様式」を含ませたとしても(第2条第1項)、新法案は、その本質において振興法と変わらないのである。

先住権とは何か

 振興法を超えた真の新法とするために求められるのは、先住民族アイヌに対する先住権の保障である。

 先住権とは少々不分明な用語だが、もちろん先住する権利ではなく、先住民族の有する権利を意味する。国連「先住民族の権利宣言」に見るように今日それは多様な仕方で定式化されうるが、世界の先住民運動の歴史から最大公約数を取り出せば、それは一般に、

(1)先住民が居住していた土地に対する所有権、
(2)領域(土地のみならず水域・海域等を含め)の自然に対する管理権、
(3)領域における各種自然資源の入手権
 をさす。時にはこれに、
(4)政治的な自治権(ただしこれは先住民の置かれた歴史的条件下で多様な形をとりうる)が加えられることもある。

 アイヌに即して、また他民族の例にも言及しつつ、以下まず個別的権利である(3)について、その後に、(3)を可能にする包括的な権利である(1)(2)について論ずる。そして最後に、(1)~(3)の権利保障を得るもしくは強固なものにするための権利でもある(4)について論ずる。

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筆者

杉田聡

杉田聡(すぎた・さとし) 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

1953年生まれ。帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)。著書に、『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』(花伝社)、『逃げられない性犯罪被害者——無謀な最高裁判決』(編著、青弓社)、『レイプの政治学——レイプ神話と「性=人格原則」』(明石書店)、『AV神話——アダルトビデオをまねてはいけない』(大月書店)、『男権主義的セクシュアリティ——ポルノ・買売春擁護論批判』(青木書店)、『天は人の下に人を造る——「福沢諭吉神話」を超えて』(インパクト出版会)、『カント哲学と現代——疎外・啓蒙・正義・環境・ジェンダー』(行路社)、『「3・11」後の技術と人間——技術的理性への問い』(世界思想社)、『「買い物難民」をなくせ!——消える商店街、孤立する高齢者』(中公新書ラクレ)、など。

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