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「アイヌ新法」は先住民運動から学んでいない

アイヌの先住権としての所有権・管理権、そして食料の優先的入手権

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

オーストラリア南東部リベリナ地方を流れるマレー川拡大オーストラリア南東部リベリナ地方を流れるマレー川

食料の優先的な捕獲権――カナダ・アラスカ等

 食料の優先的な捕獲(漁労・狩猟)は、1980年代にはすでに各地――カナダ、アラスカ、スウェーデン等――で認められていたという事実が、アイヌ民族で元参議院議員の萱野茂氏によって報告されていた(本多勝一『貧困なる精神――悪口雑言罵詈讒謗集 B集』朝日新聞社、1989年、105頁、123-4頁)。

 それから30年以上が経過した今、日本政府ももうそろそろ各地で積み重ねられた経験に学んでもよいはずである。

土地の所有権――オーストラリア

 (1)土地の所有権、(2)領域の自然環境に対する管理権については、オーストラリアの経験から学ぶことが多い。

 オーストラリアの先住民は、長年にわたって権利獲得の努力を重ねてきた。そして政府(州政府を含め)は、長い目で見ればそれに対し比較的まともな対応をとってきたと判断される(もちろん政府の行政も人間のすることであるため、多かれ少なかれ「政治」が入りこんだ事実は否定できないが、ここでは論じない)。

 オーストラリアの場合、当初は、「申請者が特定の土地について伝統的な所有権を証明できた場合に限り、その土地……を、売買できない譲渡不可能な自由保有地としてアボリジナル〔先住民――杉田注〕の申請者集団に返還し得る」という対応をとった(友永雄吾『オーストラリア先住民の土地権と環境管理』明石書店、2013年、109頁)。ここで対象とされる土地は、かつての「指定地」(reserve, reservation)等に限定されていた。

 ちなみに「指定地」とは入植者側が先住民をおしこめた(たいてい)不毛の土地である。アイヌの場合も和人政府は同じ対応をとった。「北海道『開拓』でアイヌを迫害した北海道庁の罪」でとり上げた「近文」(チカプニ、ちかぶみ)などが、その典型である。ここは現旭川市の中心地に近いところに広がる、アイヌに対する「給与地」だが、道庁関係者の怠慢・詐欺等により3分の1に削られ、しかも実に40年にわたる紆余曲折を経た後にようやくアイヌに与えられた。だがこの地は伝統的な狩猟・漁労・採集生活には向かず、けっきょくアイヌはほとんどすべてを失った。

 さてオーストラリアの場合、上記のように「指定地」に限定されていたとしても、その所有権が保障された事実は画期的である。だがオーストラリアでは、その後は「指定地」等に限定されない土地についてさえ、より広く、先住民を「伝統的な土地所有者」であると見なすようになる(同前、141-149頁:ヴィクトリア州の例)。それにあわせて、かつての指定地以外の土地に対する所有権――もちろん個々のケースにおいて住人・土地所有者との間の調停が成功しなかった場合もあったが――を認める動きが強まったのである。

 今日、オーストラリアでは、州によって多寡に違いはあるとはいえ、かなりの広さの土地が先住民に返還されている(同前、33頁)。

領域の自然環境に対する管理権――オーストラリア

 土地の返還に行きつかない場合でも、オーストラリアでは、例えば「マレー河流域」(ヴィクトリア州)に見るように、周辺の森林・土地に関する「共同管理協定」(同前、116頁)が先住民と州政府との間で締結された事実が知られている。そして共同管理は、協定締結主体である先住民団体からの5人と、州政府からの3人の計8人によって構成される合同法人が行う(同上)。

 先住民団体は、協定が定めた土地と河川流域の資源管理への「合同管理」を実現しようとしたが、合同管理は最終的に土地の返還あるいは貸与を求めることにつながるため(同前、150頁)――先住民に対する99年間貸与の例が知られているが(同前、98頁)、それは実質的に所有権の返還である――、結局、同流域について実現したのは、州政府との「共同管理」にとどまったようである(同前、116頁)。

 とはいえ、その効果は大きい。他州で同じ99年の、および50年の貸与が実現したのみならず(本多前掲書『D集』朝日新聞社、1989年、103頁)、その後の「ヴィクトリア州環境評価委員会」の勧告を見ると、領域の違いあるいは先住民団体の違いによって、共同管理以外にも、合同管理の可能性が常に考慮されているようである(友永同前、141~149頁)。後続国日本は、先行国オーストラリアの経験を活かすべきであろう。

 人口密度の稠密な日本とオーストラリアを単純に比べることはできない、と言われるかもしれない。だが、ヴィクトリア州と北海道の人口密度の比は1:2.6程度であるが、アイヌが比較的多く住む町村に限定すれば比は1:0.71となり、かえって北海道の人口密度の方が低いのである。ただしヴィクトリア州の人口の多くがメルボルン市区に集中するため、ここをのぞけば比は約1:2となるが、要するに人口的に見た場合、ヴィクトリア州でできることは北海道でもできるはずである。


筆者

杉田聡

杉田聡(すぎた・さとし) 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

1953年生まれ。帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)。著書に、『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』(花伝社)、『逃げられない性犯罪被害者——無謀な最高裁判決』(編著、青弓社)、『レイプの政治学——レイプ神話と「性=人格原則」』(明石書店)、『AV神話——アダルトビデオをまねてはいけない』(大月書店)、『男権主義的セクシュアリティ——ポルノ・買売春擁護論批判』(青木書店)、『天は人の下に人を造る——「福沢諭吉神話」を超えて』(インパクト出版会)、『カント哲学と現代——疎外・啓蒙・正義・環境・ジェンダー』(行路社)、『「3・11」後の技術と人間——技術的理性への問い』(世界思想社)、『「買い物難民」をなくせ!——消える商店街、孤立する高齢者』(中公新書ラクレ)、など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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