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入場料を払う本屋「文喫」で、本は売れるのか?

高橋伸児 編集者・「論座」

提供・bunkitsu拡大料金フリーの区域にある雑誌棚。「Newton」「ナショナルジオグラフィック」がよく売れるとか=提供・bunkitsu

アナーキーな書棚に仰天する

 そんななか、これまた気になっていた“入場料のある本屋”「文喫」(店舗運営・リブロプラス)に最近やっと行けた(とっくに見てきたという方には以下ご容赦いただきたく)。

 東京・六本木に2018年まであった――今や伝説の名店か――青山ブックセンター(=ABC)の跡地。僕もABCのハイブロウ(笑)な品揃えが好きだったうえに、深夜・明け方までの営業時間もありがたくて、若い時分からずいぶんお世話になった。そんな思い入れのある場所で、2018年末、コーヒー・煎茶が飲み放題、食事もできるカフェ、電源付き閲覧室(カウンター)、寝転がれるソファもある、読書できる本屋が「代替わり」したのだった。だが、入場料(!)が1500円(この春、平日の19時~23時は1000円に)、土日は混雑のため入場制限がかかるとあって、タイミングを逸していたのだ。

 行ったのは、料金が1000円の時間帯。お客さんはカフェや閲覧室、靴を脱いであがるソファで横になったりして本を読んでいる。パソコンに向かっている人もちらほら。僕も、半分ほどの時間は持ち込んだパソコンで仕事をしていたのだけど、あとはじっくり書棚を拝見した。文芸、歴史、哲学、宗教、映画、音楽、アート、料理、建築、デザイン、自然科学……ABCが強かったジャンルの棚が目に付く。丹念にみていくと、まったくもってアナーキーである。単行本の新刊、旧刊、文庫、新書がごちゃまぜに並ぶ。もちろん、おおよその“秩序”はある。あるのだが、ねっちりとみていくと、脈絡があるような、ないような並びがあちこちにあって目を惹く。

 文芸の棚。棚に差された蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像――マクシム・デュ・カン論』(講談社文芸文庫)の隣に面出し(カバーが全面向いている)で筒井康隆『笑うな』(新潮文庫)。笑える。

 以下、写真ではわかりにくいだろうから、ほんの一例だが、隣り合う本を列挙してみる。宮脇俊文『村上春樹を、心で聴く――奇跡のような偶然を求めて』(青土社)/末井昭『結婚』(平凡社)。経済書。カール・ポランニー『経済の文明史』(ちくま学芸文庫)/青柳恵介『風の男 白洲次郎』(新潮文庫)/『高橋是清自伝』(中公文庫)/料理書。谷崎潤一郎『美食倶楽部』(ちくま文庫)/辰巳芳子『味覚日乗』(ちくま文庫)/東海林さだお『レバ刺しの丸かじり』(文春文庫)。歴史書。ヴィクター・セベスチェン『レーニン 権力と愛』(白水社)/池田理代子『オルフェウスの窓』(集英社)。政治書。神谷不二『朝鮮戦争――米中対決の原形』(中公文庫)/水木しげる『コミック昭和史』『総員玉砕せよ!』(ともに講談社文庫)。岡本隆司『中国の誕生――東アジアの近代外交と国家形成』(名古屋大学出版会)/スーザン・マン『性からよむ中国史――男女隔離・纏足・同性愛』(平凡社)。映画書。木下千花『溝口健二論――映画の美学と政治学』(法政大学出版局)/水口晴幸『LEGENDARY GODFATHER 伝説のゴッドファーザー 勝新太郎語録』(トランスワールドジャパン)……。感心するやら呆れるやら。ことほどさように、学術書もエッセイも、学者も漫画家も、大きな枠組みへの関心も下世話な興味も、すべて等価というふうなのだ。

経済の書棚拡大経済の書棚。わかるようなわからないような独特のラインナップ
(右から)スターリン、レーニン、と来て、池田理代子『オルフェウスの窓』というロシアつながり(?)。『世界史用語集』がそばにあるのは親切かも拡大(右から)スターリン、レーニン、と来て、池田理代子『オルフェウスの窓』というロシアつながり(?)。『世界史用語集』がそばにあるの親切かも

 音楽書の棚では痛快な発見をした。久米泰弘、アイデア編集部『電気グルーヴ×アイデア――電気グルーヴ、石野卓球とその周辺。』(誠文堂新光社)が面出しされていたのだ。コカイン使用で逮捕・起訴されたピエール瀧(被告)をめぐって、出演作や楽曲の公開・配信・発売中止などの同調圧力が充満している昨今、これはすげえや。俠気(おとこぎ)とさえ言いたい。そういえば、歴史書や政治書の棚に、有名作家の歴史修正主義本やタレントのヘイト本の類は一切なかった。

江戸時代~第二次世界大戦まで幅が広い拡大江戸時代~第二次世界大戦まで
企画ものの特設台。拡大“恋”をテーマにした企画ものの特設台。この幅の広さ

 この棚をみていて、今ではすっかり系列店舗が減ってしまったが、「書原」の棚を思いだした。内幸町店(閉店)だったが、たとえば中東情勢の時事的な本が、単行本も新書も文庫も一緒くたで置かれ、その隣にエネルギー問題、以下、中東史、イスラム教の本、そしてキリスト教、仏教、哲学……と、棚がそれ自体、目配りの利いたブックガイドであり、「知の世界」の奥行きを体験できた。『現代思想』(青土社)のBI(ベーシックインカム)特集の脇に地方自治体の福祉担当者向けの実用書が平積みされていて、そのセンスに驚いたこともある。

 もちろん、単行本、新書、文庫と整然と区分けされ、著者がアイウエオ順などで整理され、店内の検索システムで読みたい本の居場所がすぐ見つかる従来型の書店は、それはそれでいい。だが、「文喫」のような、はじめから読みたい、買いたいと決まっている本を探してもそうそう見つからないであろう本屋は、検索万能主義ともいえる今の世の中の対極をいく。

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筆者

高橋伸児

高橋伸児(たかはし・しんじ) 編集者・「論座」

1961年生まれ。「朝日ジャーナル」「週刊朝日」「アサヒグラフ」、論壇誌「論座」、PR誌「一冊の本」、単行本・新書の編集部を経て、2011年から言論・解説サイトWEBRONZA(現・「論座」、朝日新聞社)の編集者。つくった本は、『若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』、藤崎康『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』、中島岳志『秋葉原事件』など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです