メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

入場料を払う本屋「文喫」で、本は売れるのか?

高橋伸児 編集者・「論座」

提供・bunkitsu拡大入り口の階段下にある「yes and no」のメッセージは、「はい」か「いいえ」かという一方的な主張をする本のセレクトはやめよう、という意味が込められているという=提供・bunkitsu

本が並ぶ世界にどっぷり浸かると……

 棚のポリシーをうかがうべく、店長の伊藤晃さんを訪ねた。聞けばもともと編集者経験があり、その後はリブロ各店に勤めていたという。ほぼ100坪の書棚はジャンル別に選書の担当者が20名近くいるとのこと。演劇書の棚は、演劇に実際に関わっている人、デザインはデザイナーや元デザイナー、映画は監督志望、料理書はシェフなどなど、その道に詳しい人がセレクト、元書店員は少ないという。

 売れ線の本でも同じ本は2冊置かないため、店内の計3万冊はイコール3万点となる。「新刊」は1割もない。すべて買い切り。本の両サイドに何を並べるかは意識的に工夫しているそうだ。書店は「本との出逢いの場」とよく言われるが、ここはかなりの偶然による出逢いを愉しむ店だろう。棚も、どんどん更新されて、1週間もすればがらりと変わっているかもしれない。

お客さんが目を通した本を戻す「返本台」。お客さんはもちろん棚に返してもいいのだが、この台に入れてもらったほうが、ほかの客は楽しめる。何が読まれてるのか、とつい覗いてしまうからだ。「人の家の本棚を眺めるようなもので、意外とこの台自体が人気の『棚』になっています」(伊藤店長)

拡大お客さんが本を戻す「返本台」。つい覗いてしまう。「人の家の本棚を眺めるようなもので、意外とここが人気の『棚』になっています」(伊藤店長)
トイレ拡大『描かれた歯痛―― 白と黒、および神経からなる歯科医療挿画』(リチャード・バーネット、河出書房新社)。トイレの脇になぜこの本が?

 しかし、だ。そもそも本来タダで出入りできる書店にカネなんて払ってられないと思うのが当然だろう。僕もそうだったが、どうもそれは年配者の受け止め方かもしれない。客層は30代が中心で、「恐ろしく本好きな方か、新しもの好きな方」。伊藤店長は、「いまの若い人たちは、『場所』や『時間』にお金を払うことに抵抗がない」という。1500円(夜間は1000円)払って――しかも土日の昼間は1時間待つこともざら――、コーヒーやお茶を飲みつつ、書棚を眺め、本を取り出し、何時間か過ごす(客の滞在時間は平均3~4時間とか)。「恐ろしく本好き」で時間も金もそれなりに余裕のある中高年(特にジジババ)も少なくないはずだが、染みついた金銭感覚はなかなか消えないだろうか。

 もう一つ、店内で自由に読書できるなら、本が売れないのじゃないか、というのもまた当然の推察。これも伊藤店長によれば「本の売れ行きは想定の3倍、客単価も通常の本屋の2~3倍です。おそらく図書館に来ている感覚で滞在しているうちにほしい本が増えるのでしょう」という。ふつう書店に入っても実際に本を買う客は通常1割未満だが、ここでは3~4割が買うそうだ。

 そういえば、冒頭で触れた“ブックホテル”「箱根本箱」に宿泊した知人が「ふだん買わないような高めの本とか、ついついたくさん買ってしまった」と話していた。無料で手に取れる場がほかにあるのに、それなりの金額を払って本のある世界にどっぷり浸かると買いたくなるというのは、本がもつ磁力としか言いようがない。ほかの物品の消費傾向、コスト感覚では説明がつかないのではないか。

 かつて出版社の幹部や作家が、図書館に新刊を置くと本が売れなくなると訴えたことがあった。これには、図書館の熱心な利用者はよく本を買うものだという反論が出たが、これも「文喫」や「箱根本箱」での傾向と同じ理由によるものだろう。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

高橋伸児

高橋伸児(たかはし・しんじ) 編集者・「論座」

1961年生まれ。「朝日ジャーナル」「週刊朝日」「アサヒグラフ」、論壇誌「論座」、PR誌「一冊の本」、単行本・新書の編集部を経て、2011年から言論・解説サイトWEBRONZA(現・「論座」、朝日新聞社)の編集者。つくった本は、『若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』、藤崎康『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』、中島岳志『秋葉原事件』など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです