勝部元気(かつべ・げんき) コラムニスト・社会起業家
1983年、東京都生まれ。民間企業の経営企画部門や経理財務部門等で部門トップを歴任した後に現職。現代の新しい社会問題を「言語化」することを得意とし、ジェンダー、働き方、少子非婚化、教育、ネット心理等の分野を主に扱う。著書に『恋愛氷河期』(扶桑社)。株式会社リプロエージェント代表取締役、市民団体パリテコミュニティーズ代表理事。所有する資格数は71個。公式サイトはこちら
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
差別に無理解な人は困った時に助けてくれない
2019年度東京大学入学式で、上野千鶴子名誉教授(女性学)が述べた祝辞が大きな話題となっています。Twitterでも関連ワードがいくつもトレンド入りし、TVのニュースやワイドショーでも各局が報じるほど、大学の祝辞としては異例の注目を集めました。
普段は女性差別や自己責任論の問題についてほとんど言及しない人々まで、「祝辞、とても素晴らしかった」「感動した」というTwitterの投稿をしており、共感を覚えた人々の手によってネットメディアからマスメディアへと瞬く間に広まったのだと思われます。
祝辞は東京大学のHPで全文を読むことが出来ますが、特に注目を浴びた点をピックアップすると、以下の3点だと思います。
(1)医大・医学部入試における女子・浪人受験生の点数改ざん問題を中心に、女子教育において様々な「意欲の冷却効果」が女子の進学率向上を阻んでいる問題や、「女性の価値と成績の良さ」との間にねじれがあるため東大女子が自分は東大の学生だと公言しにくい問題等、様々な女性差別問題について全体の約5分の2を使って触れた点。
(2)「がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだ」と述べ、成功者が陥りがちな『公正世界仮説(=「頑張った分だけ必ず報われる」という認知バイアス)』と、それに導かれる「彼らが報われないのは頑張っていない彼らが悪い」という「自己責任論」を暗に否定した点。
(3)「(あなたたちの)恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください」という形で、「ノブレス・オブリージュ」を説いた点。
確かに、わずかな時間の中に様々なテーマを入れ込みながら、個別具体的な問題から抽象的な理想論へと話をスムーズに持っていった点と、静かな口調であるにもかかわらず、抑揚のある読み方で聴衆を引き込んだ点は、さすが日本の女性学をリードし続けてきた上野氏だったと思います。
ですが、内容自体はごく当たり前の指摘であり、今の社会の課題をピックアップした基本中の基本ばかりです。Twitterを開けば、女性差別や自己責任論の問題に関心のある人々が毎日つぶやいていることと、それほど変わりません。
そういう人々は、上野氏が述べた内容自体を評価するよりも、「男性優位社会を生み出している意思決定層を多く輩出する東大の入学式において、上野節でかましてくれたこと」に対して、「よくぞそのような場で言ってくれた」「彼女を呼んだ東大も偉い」という声が多かった印象があります。
東大の祝辞でフェミニズムやノブレス・オブリージュが語られ、それが多くの人に称賛されたことは、大きな意味を持つのかもしれません。ですが、これからは、上野氏の発言は「そんなことは当たり前」となり、女性差別や自己責任論への否定を自分自身の言葉で語れるようにならなければ、彼女の指摘した問題が解消される社会には進めないと思います。