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アイヌを観光資源化する前に先住権を保障すべきだ

アイヌの自治権が尊重されなければならない 

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

民族共生象徴空間の開設までの日にちを示すカウントダウンボード=北海道室蘭市のむろらん広域センタービル民族共生象徴空間(ウポポイ、北海道白老町)の開設までの日にちを示すカウントダウンボード。オープンは2020年4月=2018年12月11日、北海道室蘭市のむろらん広域センタービル

「参政権」――各級議会での民族枠

 前稿で論じた先住権の一つとして、アイヌが「参政権」を要求している事実も重要である。

 1984年、北海道アイヌ協会(当時は北海道ウタリ協会)は、「アイヌ民族に関する法律(案)」――これは「北海道旧土人保護法」に対置された協会案であって、衆議院で可決された新法案とは全く異なるし、1997年のアイヌ文化振興法とも別である――を出したが、基本理念として掲げられた「基本的人権」の尊重を別にすれば、アイヌ協会が何より求めたのは「参政権」の保障である。

 ここで「参政権」とは、今日ふつうに言われる公民権としてのそれの意ではなく(それはもとよりアイヌにも拒まれていない)、各級議会に一定数の先住民族枠を設けさせる権利(公益社団法人北海道アイヌ協会『アイヌ民族の概説――北海道アイヌ協会活動を含め』改訂版、2017年、13頁)を意味する。これは、先住権の構成要素たる(4)「自治権」に含まれると理解される。

 なるほど「法律(案)」におけるこの要求は、かつて北海道知事の私的諮問機関である「ウタリ問題懇話会」によって、憲法上の平等権を楯に拒まれた経緯がある(本多勝一『貧困なる精神――悪口雑言罵詈讒謗集 B集』朝日新聞社、1989年、220-1頁)。だが、積極的差別・格差是正策(アファーマティブあるいはポジティブ・アクション)は先住民族・少数民族の問題を超えた差別解消策として、多様な場面で導入されてきた(辻村みよ子「ポジティブ・アクションをめぐる日本の課題と諸外国の取組」)。

 女性に対する差別解消策は、アメリカでは80年代から導入され、その後ヨーロッパで90年代に政治分野で広がり(いわゆるクォータ制)、日本でもようやく近年、「男女共同参画社会基本法」を下に実質的な積極的差別(格差)是正策の導入が各界で取り組まれてきた。また昨年(2018年)成立した「候補者男女均等法」も同是正策と見なしうる。

 そうした現実があるのに、同じことがなぜ先住民族・少数民族についてはなしえないのか。欧米のみならずその他多くの国々で、民族マイノリティに対して一定の範囲で特別な機会を提供することは、むしろ実質的な平等を実現する道と考えられている。

 ここには、経済的・社会的な差別・格差の是正も視野に含まれるべきだが(先住民族の権利宣言第21条)――この点でも今回、法案作成の過程で、積極的差別(格差)是正策に対する反対意見が出たようである(北海道新聞2019年2月16日付)――、それを可能にするためにも、各級議会における少数民族枠を重視すべきである。

 例えば中国の全国人民代表大会(国会)では、少数民族の議席枠がある。ウイグル族・チベット族に対する中国政府の弾圧姿勢をみると、その実質的な意味を疑う人もいようが、ひとまずここでは中国の例を、少数民族に対して払うべき配慮を示す一例としてあげておきたい。

 特別な「枠」を設けることは憲法上の平等権のかねあいで問題だといった発想は、形式論に堕している。形式論的発想がかえって、実体的な差別・格差を温存する手段になっている事実を重く見るべきである。

 なお、アイヌの自治権を保障し発展させるために、北欧3国およびロシアにまたがって居住する先住民族サーミの場合のように、民族議会の設置も考案しうるが、管見ではそうした運動がアイヌ自身の内から出てきているわけではないと思われるため、これ以上は論じない。ただし、アイヌも決して政治的に一枚岩ではなく、先住権を保障しようとしない日本政府のアイヌ対策に強い反発を抱いている人たちもいる(朝日新聞「北海道版」2019年4月10日付)。アイヌの政治的意見の多様性を活かすという意味でも、「アイヌ議会」の設置には一定の意味があると信ずる。

枠組みまで指定された指定法人

 新法案は、アイヌに対する自治権の保障を論外においた上で、同法が規定する業務を「適正かつ確実に」行いうる法人を、振興法とほぼ同様に国交相・文科相が指定するとしているばかりか(第20条)、アイヌ政策はアイヌの「自発的意思の尊重に配慮しつつ、行われなければならない」と明示しているのに(第3条第2項)、業務の枠組み自体を「指定」して疑わない。新法案は10条を超える条文で、指定法人に対すること細かな指図を行っている(第21-31条)。

 中には、同指定法人への天下り官僚に関する規定さえある(第25条)。実際、指定法人にはすでに天下り職員(道職員)が見られる。しかも退職した天下り職員の仕事を新しい天下り職員が引きついでいる。指定法人が出すパンフレット類は、例えば「公益社団法人北海道アイヌ協会」が出すそれと比べて見劣りがするが、官製公益法人の限界を見るように思うのは私だけであろうか。

 この点からするとアイヌ新法は、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現する」(新法の正式名称に見られる目的)ことを目指すのではなく、むしろ現政権が規定するアイヌ政策から逸脱しないようアイヌの動きを規制するものとしか思われない。新法はおそらく、先住民族としての先住権の主張を抑えこもうとする戦略の一環であろうが、その反動性は国際的視野から見れば明らかである。

民族共生象徴空間民族共生象徴空間(ウポポイ、北海道白老町)を俯瞰したイメージ図。右上が国立アイヌ民族博物館=文化庁提供

観光・商業資源化への危惧

 他に気になるのは、「民族共生象徴空間」の開設(後述)とともに、総じてアイヌを観光・商業資源化する傾向が強く出ていることである。

 この15年、日本では「観光立国」化をめざすキャンペーンがはられてきた。北海道も同様で、2018年、「北海道150年」を祝う記念行事において「民族共生象徴空間」事業に大金が投じられた(アイヌ文化関連事業の実に53.5%)。そして新法案では、この流れが強くおし出されている(第9条「民族共生象徴空間施設」、第10条第2項ハ「観光の振興その他の産業の振興に資する事業」)。

アイヌ民族博物館は同化政策を問うべきである

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