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『日本国紀』に現れた「日本というお母さん」伝説

早川タダノリ 編集者

日本というお母さん拡大ベストセラーになった百田尚樹氏著『日本国紀』に登場する「日本というお母さん」発言の出どころは……

『日本国紀』に登場した謎の名言

 「日本通史の決定版!」と銘打って出版された百田尚樹著『日本国紀』(幻冬舎、2018年)は、刊行直後からWikipediaからコピペされたと思しき文が本文中にちりばめられていることが指摘されて話題となった。そうしたネット上での指摘をこっそりとりこんで、同書は版を重ねるごとにすこしずつ内容が変わっているらしい。

 本来ならば引用元出典表記なき「剽窃」案件として絶版・回収処置をとるべき事態だが、「著者」として名前を出している百田尚樹も、「創業25周年企画」と銘打って同書を売りまくった幻冬舎も、厚顔無恥にもそのまま販売を続けている。

 本の内容が時々刻々と変わっていくというのは、ボルヘスの寓話に出てくる「砂の本」を想起させるが、21世紀日本の「砂の本」は剽窃とコピペをごまかすための仕掛けに過ぎなかった……。

 私は発売当日に「初版」を入手して読んだが、その中に驚愕の記述があった。

 同書第十三章は、「大東亜戦争」後にアジア諸国が独立したのは「無敵の強者と思われていた白人をアジアから駆逐する日本軍を見て、彼らは自信と勇気を得たのだ」(同書、445頁)と述べる〈大東亜戦争でアジアを解放した〉論が展開されており、その論を補強するために何人かの戦後アジアの要人の言葉が引かれている。

 その最後に、この人物の「言葉」が並んでいた。

 最後に、タイのククリット・プラモート元首相のジャーナリスト時代の言葉を紹介したい。
 この言葉こそ、アジアにおける大東亜戦争の姿を見事に言い表わしている。ちなみにタイは戦前、東南アジアで唯一の独立国だった(タイが独立を許されていたのは、植民地を奪い合う欧米列強が緩衝地帯としていたためだった)。
 「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない」(現地の新聞サイアム・ラット紙、昭和三〇年十二月八日)

 ……これだけ見ると、「日本スゴイ」本によくある「日本を称賛するアジアからの声」のようだが、実はこのククリット・プラモートが書いたという記事は、日本語で登場していらい50年近くにわたって出所不明なままの、きわめて謎に包まれたテクストだったのだ。

 今回、百田『日本国紀』でこの記事が掲載された年月日がはっきりと活字になったことは、これまで右派系〈大東亜戦争でアジアを解放した〉論者がコピペにコピペを重ねてきたこの発言の出所を、はじめて明らかにしたという画期的な意義を持っている。

 この発言に、これまで多数の「日本が好きなだけの普通の日本人」たちが「感動した」「涙が出てきた」「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)の洗脳が解けた」と熱く語ってきた。その感激が捏造発言によってつくられたものではないことが証明されたのだ――と、感極まってみたいものだが、さて百田尚樹『日本国紀』の掲載日付はホントなのだろうか?

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筆者

早川タダノリ

早川タダノリ(はやかわ・ただのり) 編集者

1974年生まれ。国民統合の技術としての各種イデオロギーに関心を持ち、戦前・戦時の大衆雑誌や政府によるプロパガンダ類をはじめ、現代の「日本スゴイ」本などを蒐集。著書に『「日本スゴイ」のディストピア――戦時下自画自賛の系譜』(朝日文庫)、『神国日本のトンデモ決戦生活』(ちくま文庫)、『「愛国」の技法――神国日本の愛のかたち』(青弓社)、『原発ユートピア日本』(合同出版)、『憎悪の広告――右派系オピニオン誌「愛国」「嫌中・嫌韓」の系譜』(合同出版、能川元一氏と共著)、『まぼろしの「日本的家族」』(青弓社、編著)などがある。