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【ヅカナビ】『夢現無双』への愛を込めて

これを知っておけばきっと楽しめる!宮本武蔵と『五輪書』『独行道』

中本千晶 演劇ジャーナリスト


 月組公演『夢現無双』が物議を醸している。もちろん、次々と新作が上演されるタカラヅカでは、それもよくあることなのだが……とにかく展開が速すぎて「よくわからない」というのだ。私も観たが、確かにそうかも知れないと思った。

 まず主人公・宮本武蔵について、大半の人(特に女性)はそれほどよく知らないだろう。おまけにこの作品、吉川英治の長編小説『宮本武蔵』(文庫にして全8巻)をもとにしているが、とにかく原作のエピソードが山盛りなのである。だから物語の展開を速くせざるを得ず、ますますわけがわからなくなるのだ。

 だが、裏を返せばこれ、予備知識があればあるほど楽しめるということではないか? というわけで、今回は『夢現無双』をもっと楽しむためのあれこれを書いてみようと思う。

 色々あるかも知れないが、この作品、私は好きだ。それにタカラヅカ作品として欠くべからざる魅力を備えていると思う。それは、どこまでもストイックな求道者である主人公・宮本武蔵が月組トップスターの珠城りょうにピッタリだという点だ。洗練された艶やかな小次郎(美弥るりか)との対比もまた良い。それに、前回の花組公演『CASANOVA』からの武蔵、そして宙組公演『オーシャンズ11』へ、この振れ幅の大きさこそが「タカラヅカ」である。思い切ってこの振れ幅に身を任せてみようではないか。

武蔵の対決相手を知る

 宮本武蔵は戦国時代末期から江戸時代初期に生きた剣客である。「60回にわたる決闘で、生涯負けなし」と自分で言っているが、今回の舞台でも様々な武芸者と戦い、腕を磨いていく。この流れと決闘相手のキャラクターを知っておくと、話がだいぶわかりやすくなる。

 武蔵が剣豪として一躍名を上げる最初のきっかけとなったのが吉岡一門との決闘だ。まずは一門を率いる吉岡清十郎(暁千星)に戦いを挑み、一度は敗れるものの一年後に勝つ。弟の伝七郎(夢奈瑠音)は兄の雪辱を果たすべく、一門総勢70名を率いて「一乗寺下り松の戦い」を挑むが、武蔵は「相手の将を最初に撃つ」という戦法でこれもみごとに打ち破る。

 この他に武蔵は様々な武器の達人と戦っている。たとえば槍術で知られた宝蔵院。ここで出会った日観(周旺真広)という僧から、柳生石舟斎(響れおな)の教えを乞うことを勧められる。また、鎖鎌の達人とも戦う。これが宍戸梅軒(風間柚乃)である。

 そしてラスボスと言えるのが「巌流」佐々木小次郎(美弥)である。通称「物干し竿」と呼ばれる長い刀を使いこなし、「燕返し」という技でも知られる。武蔵以上に謎の多い人物だが、この作品では小次郎はキリシタンであったという説が採用され、首に十字架をかけている。クールでちょっと世を儚むところもある雰囲気が武蔵と好対照で、卒業公演となる美弥が有終の美を飾るに相応しい小次郎だったと思う。

 つまり『夢現無双』は、武蔵がだんだんと強い敵を倒していくロールプレイングゲーム的な話としても楽しめるのである。

武蔵が生きた時代を知る

 武蔵は10代の後半に「関ヶ原の戦い」で西軍に参戦したと言われているし(本作の武蔵も幕開けに又八とともに参戦している)、晩年には「島原の乱」で幕府方として戦い、大した戦功をあげられなかったともいう。激動から安定の時代へと移り変わる中、そして武士が刀で戦う時代が終わりを告げようとする中で剣の道を極め続けた、最後の剣豪でもあったのだ。

 宮本武蔵について残っている記録はとても少ない。これを大きく膨らませ、今の武蔵像を作り上げたのが吉川英治の小説だ。元々は新聞小説で、連載されたのが1935年から39年まで、戦争の足跡が聞こえ始める暗い時代に書かれた小説だった。

 したがって小説内では作者が創造した様々な人々も多数登場し、武蔵と関わっていく。武蔵を一途に思い続けるお通(美園さくら)、そして幼馴染だが武蔵とは対照的なダメ人間の又八(月城かなと)がその代表だ。

 同時代の実在の人物も登場する。たとえば本阿弥光悦(千海華蘭)はこの時代を代表する文化人である。もともと本阿弥家は刀剣鑑定の名家であり、光悦は書や蒔絵、陶芸、茶道にも通じる多才の人だった。そして、武蔵もまた絵が上手かった。光悦とのかかわりを通じて、ただ剣を振り回すだけではない武蔵の一面も伝わってくるのである。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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