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「横断車道」、車遮断機…過剰な車社会の改善策

「大人」の車利用を不問に付すのは不正である

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

同一平面を共有させる無謀さ

 4月下旬以降に立てつづけにおきた5つの自動車死亡「事故」は、それぞれに異なる事情が背景にあろう。だが、車と人とに同じ平面を共有させる(大津の例では事実上共有させる)ことで生じた事故という点で、本質的に同一である。それぞれの個別性に注意をむけるのではなく、本質的に同一のこの側面を問う必要がある。この側面を解決すべく努力することなしには、今後も類似した「事故」はくり返しおこる。

 では、どのような対策をとるべきなのか。ここでは細かな点まで論じられないが、この間の事故を念頭におきつつ、原則的な方向性――人と車との分離――に立つ改善策を以下に記す。耐えがたいまでにモータリゼーションが過剰となった今、いずれも現実味に欠けると判断されようが、それへむけてのたゆまぬ努力はなしうる。

ガードレール・ボラード――歩道沿いビル・駐車場等に遮断機を

 まず歩道だが、大津でおきた事故現場のように交通量の多い場所や、急カーブのある箇所――かつて鳥取でおきた3姉妹の命が一度に奪われた凄惨な事故を思いおこしていただきたい(「自動車「事故」続出、実現していない人と車の分離」)――には、歩車道の間に「ガードレール」もしくは「ボラード」(石製あるいは鋼鉄製の大きな杭)が設置されるべきである。

=筆者提供拡大交差点の歩道と車道の間に設置されたボラード=筆者提供

 これがあれば、車道走行中の車が歩道に乗り上げて歩行者をけちらす事故は、かなりの程度においてなくなるであろう(ガードレールの場合は、留め具は車道側につけなければならない。現在それは歩道側についており、歩行者がけがをする例が絶えない)。大津の事故でも、1つの横断歩道と、90度別方向に向かう他の横断歩道の間や、横断歩道の入り口にボラードが設置してあれば、幼い子どもたちの命は守れた可能性が高い。

 だが、ガードレールやボラードがあろうと、歩道上で人身事故は常におきうる。いま、車が頻繁に歩道ぞいのビル・駐車場等へ乗り入れ、あるいはそこから乗り出すからである。

 そこには、有料駐車場にあるのと同じ遮断機を設置し、センサーで歩行者の不在を確かめた上でバーを上げ下ろしすべきである。利用者(客)が固定的ならば、車にリミッターを装着させ、歩道ぞい出入口に設置したビーコンから電磁波を出して車を制御することもできる。

 困難があるとすれば、歩行者・子どもの命より費用負担の軽減を重視しようとする、歩道ぞいビル・駐車場等の経営者・所有者の姿勢であるが、それはもとより論外である。私の生家近くの大型店は、ビルに出入りする車を誘導する警備員を配置して、歩行者の安全を確保している。歩行者と運転者にすべてを丸投げして「事故」の発生に責任を負わない店等が多いが、この大型店の例を見習うべきである。

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筆者

杉田聡

杉田聡(すぎた・さとし) 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

1953年生まれ。帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)。著書に、『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』(花伝社)、『逃げられない性犯罪被害者——無謀な最高裁判決』(編著、青弓社)、『レイプの政治学——レイプ神話と「性=人格原則」』(明石書店)、『AV神話——アダルトビデオをまねてはいけない』(大月書店)、『男権主義的セクシュアリティ——ポルノ・買売春擁護論批判』(青木書店)、『天は人の下に人を造る——「福沢諭吉神話」を超えて』(インパクト出版会)、『カント哲学と現代——疎外・啓蒙・正義・環境・ジェンダー』(行路社)、『「3・11」後の技術と人間——技術的理性への問い』(世界思想社)、『「買い物難民」をなくせ!——消える商店街、孤立する高齢者』(中公新書ラクレ)、など。

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