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介護と演劇は仲がいい(1)

高齢者、認知症と楽しく生きる俳優の覚え書き

菅原直樹 俳優・介護福祉士


介護と演劇は仲がいい拡大劇団OiBokkeShiの「看板俳優」である岡田忠雄(左)と筆者
 

 僕の肩書は、俳優と介護福祉士。

 「介護と演劇は相性がいい」を合言葉に、OiBokkeShi(オイボッケシ)という劇団を主宰している。どのくらい相性がいいかというと、僕は介護の仕事中に演技をし、演劇の稽古中に介護をする。

 この連載では、介護と演劇という異なる分野がどのようにつながるのか、そして、93歳の俳優と歩んできたOiBokkeShiの物語をお伝えできたらと思う。

認知症という謎と向き合いたい

 僕は「青年団」という劇団に所属し、東京の小劇場で俳優として活動をしていたが、27歳のとき、結婚を機に職業訓練に通うようになった。俳優だけでは飯が食えないし、これまでのようにアルバイトを転々とするよりも、演劇とは別のスキルを身につけた方がいいということで、なんとなく選んだのが介護だった。

 高校時代に認知症の祖母と一緒に暮らしたことがあった。祖母は、デイサービスで出会った男性と駆け落ちをしようとしたり、タンスの中にいる人にご飯をあげようとしたり、奇妙な行動をとるようになっていた。その頃は、認知症になったとは思っておらず、祖母がぼくの知っている祖母ではなくなっていくような気がして戸惑った。

 そんな祖母に、家族はどのように関わればいいのかわからなかった。ぼけを正せば、元のしっかりとした祖母に戻ってくれるのではないか。ぼけを受け入れたら、ますますおかしくなってしまうのではないか。そんなふうに悩んだのを今でもはっきりと覚えている。

 大学進学で実家を出て、祖母との生活は終わった。たまに実家に電話をかけると、親から祖母の症状が悪化していると聞き、帰省のときに祖母と対面するのが怖くなった。祖母はぼくのことを覚えていてくれるだろうか。

 大学3年の頃だったと思う。認知症がだいぶ進行して、祖母は会話らしい会話ができない状態だった。いや、ぼくが会話をしようとしなかっただけかもしれない。夕食中、祖母はご飯に手をつけずに、ご飯を食べるぼくをじっと見つめて、静かに涙を流した。あの姿が忘れられない。大学を卒業して数年後、祖母は亡くなった。

 老いていく祖母としっかりと向き合えていなかったという後悔が、ぼくに介護の道を選ばせたのかもしれない。介護の仕事を通じて、認知症という謎と再び向き合おうと思った。

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筆者

菅原直樹

菅原直樹(すがわら・なおき) 俳優・介護福祉士

1983年宇都宮市生まれ。 「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。 2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。12年、東日本大震災を機に岡山県に移住。認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開している。 18年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)を受賞。

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