メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

介護と演劇は仲がいい(1)

高齢者、認知症と楽しく生きる俳優の覚え書き

菅原直樹 俳優・介護福祉士

お年寄りの時間は居心地が良い

 職業訓練に2カ月通い、ホームヘルパー2級の資格を取得し、特別養護老人ホームで働き始めた。働き始める前は、介護は自分に向いているのかと不安だったが、働き始めたら、予想外に楽しんでいる自分がいた。

 それは、お年寄りたちが生み出す、ゆったりとした時間が居心地が良かったからだ。仕事の合間に、お年寄りと一緒に日なたぼっこしていたら、自分自身を肯定できたような気になった。

 思い返せば、これまでの人生でぼくは何かを「する」ことを強いられてきた。勉強しろ、仕事しろ、結婚しろ。確かに社会では何をするかによってその人の価値が決まっていく。しかし、お年寄りと一緒に時間を過ごしていると、ただ「ある」だけで十分価値があると思えた。

 食事、排泄(はいせつ)、入浴の介助をすることによって、普段の何げない生活がいかに豊かであるかを実感することができた。そして、「する」という一歩を踏み出すためには、ただ「ある」ことを肯定してくれる存在が必要であることも知った。

 ぼくは介護の現場で働くことによって、忘れていた価値観を取り戻すことができた。もしかしたら、現代社会の生きづらさは、「ある」ことを肯定されることなく、「する」ことを強いられているところにあるのかもしれない。

 介護の現場でお年寄りと接していると、どちらがケアをしているのか・されているのかよくわからなくなるときがある。「何者かにならなければいけない」というプレッシャーで押しつぶされそうなぼくを、お年寄りたちが「ありのままでいいんだよ」と優しく包み込んでくれた。

「あら、時計屋さんだね」

「老人ハイスクール」拡大劇団OiBokkeShiが2015年に上演した「老人ハイスクール」での岡田忠雄

 老人ホームでは奇妙な体験は日常茶飯事だった。

 あるとき、車椅子のおばあさんが、「あら、時計屋さんだね。覚えてるわよ」と話しかけてきた。最初のうちは「いえ、介護職員です」と答えていたが、何度会っても「時計屋さんだね」と話しかけてくる。あまりしつこく正すのもどうかと思ったとき、ふと「演じてみてはどうだろうか」と思った。

「あら、時計屋さんだね。覚えてるわよ」
「久しぶりですね。なにか時計の困りごとはありますか?」
「もういっぱいあるわよー」

 おばあさんの表情がぱっと明るくなった。ぼくは、そのおばあさんが小学校の近くで文房具屋を営んでいたという生活歴を知っていたので、「子どものころはよくお世話になりました。みんな、おばあさんの店に通ってましたねぇ」と演技を続けた。

 うんうんと頷(うなず)いているおばあさんの表情は、いつも介護職員に見せない表情だった。もしかしたら、それは文房具屋のおばあさんの顔だったのかもしれない。

 このやり取りがきっかけで、ぼくは認知症の人とのコミュニケーションを考えるようになった。介護者はときに俳優になってもいいのではないか。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

菅原直樹

菅原直樹(すがわら・なおき) 俳優・介護福祉士

1983年宇都宮市生まれ。 「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。 2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。12年、東日本大震災を機に岡山県に移住。認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開している。 18年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)を受賞。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

菅原直樹の記事

もっと見る