メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

無料

「三谷かぶき」ができるまで(上)

歌舞伎座でロシアが舞台の異色作

山口宏子 朝日新聞記者

 三谷幸喜が作・演出を手掛けた歌舞伎『月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)』が6月、東京・歌舞伎座で上演される。

 江戸時代、伊勢から江戸へ向かう船が嵐で遭難し、流れ着いたロシアから10年がかりで帰国した大黒屋光太夫とその仲間たちの苦難と望郷の日々を、三谷流のユーモアを交えながら描く。松本幸四郎、市川猿之助、片岡愛之助らが出演する。

 歌舞伎なのに、舞台はロシア、女形の衣装はロココのドレス、という異色作でもある「三谷かぶき」。さて、その裏側は――。未公開の美術デザインなども、たっぷりご紹介します。

「みたに歌舞伎」ができるまで拡大「月光露針路日本」作・演出の三谷幸喜(手前)と、出演する(右から)松本幸四郎、市川猿之助、片岡愛之助=東京都内の稽古場

三谷×幸四郎、2度目の挑戦

 『月光露針路日本』は三谷が愛読する、みなもと太郎の長編漫画『風雲児たち』を原作にしている。光太夫(幸四郎)、庄蔵(猿之助)、新蔵(愛之助)ら17人を乗せた神昌丸は、駿河沖で嵐に遭って帆と舵(かじ)を失い、8カ月漂流する。ようやく上陸したのはアリューシャン列島の小島。一行はそこからロシア本土に渡り、多くの仲間を失いながら、日本へ帰る許しを得るために、ロシアの都へ向かう。そして光太夫は女帝エカテリーナ(猿之助)に謁見(えっけん)する。

 三谷が歌舞伎を手掛けるのは、2006年、東京・渋谷のパルコ劇場(現在は建て替え工事中)での『決闘!高田馬場』に次いで2回目になる。その時の主演も、幸四郎(当時は市川染五郎)だった。

 『決闘!高田馬場』は、映画や講談でよく知られたエピソードを下敷きに、三谷が自由に書き下ろした新作歌舞伎だ。飲んだくれの浪人・中山安兵衛が、策略にはまって決闘することになった叔父の助太刀をするために、八丁堀から高田馬場まで、江戸の町を駆け抜ける。この助太刀がきっかけで安兵衛は、赤穂藩の江戸留守居役を務めた堀部弥兵衛の娘婿となり、後に「忠臣蔵」の義士の一人に。安兵衛の人生を変えたこの出来事を、幸四郎は文字通り、舞台を疾走して演じた。

 三谷を歌舞伎創作に誘った理由を、幸四郎は当時、朝日新聞のインタビューにこう語っている。

 「三谷さんの台本の緻密(ちみつ)さが、これからの歌舞伎には必要だと感じたから。歌舞伎には役者で見せる要素は大事ですが、それだけでなく、まず台本ありきで、演出の統一性や全体のバランスを考え、作品で見せる舞台も必要だと思います」

 一方三谷は、朝日新聞に連載中のエッセー「三谷幸喜のありふれた生活」にこう記した。

 〈観客の中では、江戸を駆け抜ける中山安兵衛と、舞台上を走りまくり、おまけに早変わりに次ぐ早変わりで汗だくになっている市川染五郎とが、確実に重なっている。熱い手拍子は、明らかに役者そのものに向けられたもの。歌舞伎を観(み)るということは、歌舞伎役者を観るということではないか〉(06年3月22日)

 『決闘!高田馬場』は、三谷戯曲の持ち味である考えぬかれた構成とせりふの巧みさに、個々の俳優の技術と個性が加わり、独自のおもしろさを生み出した。そして、通常の歌舞伎ならば4時間くらいかけて上演する内容を、130分で駆け抜けるスピード感も大きな魅力だった。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

山口宏子

山口宏子(やまぐち・ひろこ) 朝日新聞記者

1983年朝日新聞社入社。東京、西部(福岡)、大阪の各本社で、演劇を中心に文化ニュース、批評などを担当。演劇担当の編集委員、文化・メディア担当の論説委員も。武蔵野美術大学非常勤講師。共著に『蜷川幸雄の仕事』(新潮社)。

山口宏子の記事

もっと見る