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喫茶店でも落語会。寄席とは一味違う楽しみ方とは

トーキョー落語かいわい【2】毎日どこかで落語会。楽しみ方もいろいろなようで……

鶴田智 朝日新聞社財務本部グループ財務部主査

高座で落語を語る三遊亭好吉=2019年1月、東京都品川区二葉3丁目の喫茶店「やまぼうし」(筆者撮影)

1日に60件も開催。どこに行こうか悩む

 東京都内は定席の寄席のほか、毎日どこかで落語会が開かれています。大きなホールでの開催もあれば、小さな喫茶店などでの開催もあります。「近所でも落語会があるみたいだ。行ってみようかな」。そう思いながらきっかけがなかったり、落語をよく知らないからと迷ったりしている方、落語は敷居は高くありませんよ。ごく気楽な催しです。

 落語は基本的に楽しくて笑える話芸。気軽な気持ちで行ってみると、会場によっては落語家との距離が予想外に近かったりして、急に身近に思えたりします。専門誌をめくると、5月のある土曜日は一日に約60件の開催情報が載っていて、東京近辺に住む愛好者は、今日はどこに行こうかなと悩んでしまいます。

 せっかくですから、会場に足を運んでみませんか。着物を着て帯をしめた人が目の前に正座し、扇子と手ぬぐいを小道具に一席語る。非日常の風景が味わえて、自分の気分も切り替わる。プロの話芸に接して新鮮な喜びも味わえます。

 生きていく浮き世はつらいことばかり。落語の登場人物たちの話に触れて笑ってみると、嫌なことで心に刺さったトゲも、なんだかだんだん抜けていくみたいです。いっときでもつらさがやわらぐ気がします。

喫茶店「やまぼうし」の落語会へゴー

ここが「やまぼうし」。静かな住宅街の一角にある=2019年4月(筆者撮影)
 東京都品川区二葉3丁目の静かな住宅街。JR西大井駅から歩いて数分の所にある喫茶店「やまぼうし」で、4月のある日曜の午後、7回目となる三遊亭好吉(こうきち)の落語会が開かれました。

 落語家は前座、二ツ目、真打と階級が上がります。二ツ目になると一人前と言われます。好吉は2012年に二ツ目に昇進した32歳の若手落語家。テレビの「笑点」でおなじみ三遊亭好楽の4番弟子です。師匠とはまた語り口の違う落語家です。好楽には今、直弟子が10人いるそうです。

 この日、店内に並べた椅子にお客が25人。ほぼ満席です。こぢんまりとした落語会ですが、落語ファンに加えて地元のお年寄りたちも集まり、和やかな雰囲気です。高座と客席の位置がとても近く、落語家とお客の質疑の時間もあって、寄席とはまた一味違う、何か親密な空気があります。

落語家の登場を待つ客たち。店内はほぼ満席だ=2019年1月(筆者撮影)
 「やまぼうし」で落語会が始まったのは17年10月。以来、3カ月に一度のペースで定期的に開催されています。毎回、前座の落語家1人と好吉が高座を務めています。前座が1席、好吉が2席語るのが通例です。4月はたまたま前座なしで好吉の完全独演会。1人で3席、「かぼちゃ屋」「悋気の独楽(りんきのこま)」などを口演しました。

 初めてこの会に来た落語好きな27歳の会社員は「距離の近さ、いいですよね」と話していました。「同じ落語家でいろんな噺を聞くのも、同じ噺をいろんな落語家で聞くのも楽しいです」

 今年1月、この落語会には好吉のほか、同じ好楽門下の前座、三遊亭はち好が出演しました。質疑の時間では、並んで座った2人が、季節に合わせて新年の演芸場の様子を披露。正月興行の楽屋は落語家たちが一杯飲んでいて、にぎやかだそうです。「新年だけはお客様にお許しいただけて……るかどうかはわかりませんが、楽屋ではほぼ(お酒を)飲んでいます」などと好吉が裏話を語ると、客席に笑いがこぼれました。

 お客から「師匠の前でけいこする時も、まくら(導入部の語り)やギャグを入れて話すの?」と質問が飛びます。好吉が「基本的には本筋だけ」「そばの食べ方などは自分で練習します」などと答えます。女性客から「着物のこだわりはあるの?」という質問も出て、柔らかい空気が流れる会場です。

 質疑の後、好吉は「抜け雀」をたっぷりと聞かせてくれました。

次回の「やまぼうし」落語会は7月14日(日)、午後3時開演。入場料は前売り1500円、当日1800円。問い合わせは「やまぼうし」(東京都品川区二葉3-3-5)、電話03・6320・0009。

生まれ育った地で落語会を。夢をかなえた会社員

 この落語会が始まったのは「やまぼうし」がオープンしてほぼ1年後。店主の川島忠興(63)は化粧品会社の元社員ですが、実家を改造し、退職後、喫茶店を開店しました。川島はその店で、落語会を開くことが念願でした。生まれ育った地元で、地域の皆さんに、なまの落語を見せたい、聞かせたいと思ったからです。

金原亭馬生直筆という色紙。落語「道具屋」の一場面が描かれている=川島忠興提供
 「以前はにぎわっていた近くの商店街も寂しい」し、住んでいるお年寄りたちは、足が弱ると新宿などの寄席にも気軽には行きにくい。そんななか、「地域にはそれほど娯楽がないけど、近所であれば来やすいのでは」「みんなが集まれる場所で、喜んでくれるようなことをしたかった」そうです。

 川島は、20代の頃に繰り返し見た先代の金原亭馬生の高座が忘れられません。店には今も、馬生の直筆という色紙が飾ってあります。その一方で、当時、レストランで落語を見た体験が忘れられず、「目の前で落語を聞かせてくれるのがうれしかった」と話します。喫茶店を作る時から落語会を念頭に、天井の照明器具もレールで動かせるようにしました。

 退職後、会社員時代の知り合いのつてをたどって落語家を探し、好吉と知り合いました。回を重ね、喫茶店に来る客の中には、「ここで落語をやっているんですか」「まだ落語を聞いたことないけど一度聞きに来たい」と話す人もいます。

収入面で落語家を支える

 こうした落語会は、落語家にとって大切です。収入面はもちろんで、「(若手の落語家同士は)どうやって食べてるんだろうと、お互いに思ってる所があります」とある落語家がこっそり教えてくれました。いわゆる「二ツ目あるある」だとか。

 収入面だけではありません。人前で話すことが何よりも芸の上達に結び付くといいます。好吉は「10回の一人稽古より、1回でも人の前で話すことが大切。人数の多い少ないに関わりなく」と話します。

 若手の二ツ目にとって、定期的に話せる会がある安心感は大きいようです。落語を聞いたことがない人に、落語を「聞いていただく」機会になるのも嬉しいのです。

好吉の口演を楽しむ客たち=2019年1月(筆者撮影)

地域の施設、居酒屋、お寺でも開催

 東京やその周辺で、落語会は毎日数多く開かれています。東京で活躍する落語家は、約600人と言われています。それだけの人数の落語家が高座に上がるには、都内に4カ所ある定席の寄席(国立演芸場を加えると5カ所)や演芸場だけでは足りません。最近は、神田連雀亭という二ツ目専門の寄席もありますが、会場の規模は大きくありません。地域共用の施設、あるいは居酒屋やお寺で開かれる落語会もあります。

子どもの遊具がある会場。落語会はこうした施設でも開かれる=2019年3月、東京都江戸川区(筆者撮影)
 個人で長年、落語会の主催をしてきた、元会社員の男性(68)=千葉市在住=がいます。落語鑑賞歴50年のその男性と一緒に、寄席演芸専門誌「東京かわら版」で落語会の増加ぶりをみてみました。

 男性の手元にある03年8月号の「かわら版」と昨年18年8月、同じ月に掲載されている演芸会情報(講談、浪曲含む)を開いてみました。03年8月号は35ページ分。昨年8月号には78ページ分ありました。ページ数だけで比較しても15年間で2倍以上増えています。この5月は81ページ分ありました。そのほか、「やまぼうし」落語会のように、この演芸会情報に載っていない落語会もあって、まさに落語会の花盛り。

楽しみ方は人それぞれで

 落語会には、二ツ目になって間もない落語家もいれば、人気者でテレビにも出る落語家も出ます。最近では、落語芸術協会の二ツ目たちが作ったユニット「成金」が注目されました。チケットの取れない講談師と言われる神田松之丞もメンバーに入っているユニットです。こうした人気者、芸達者たちの話芸を味わう楽しみもあるし、まだあまり知られていない若い芸人の会に通って、その成長を見ていくという楽しみもあります。楽しみ方は人それぞれです。

 落語ファンのツイッターには、同じネタを見て、「前よりくすぐりが進化していた」などという書き込みもあり、いろいろな会に出かけていって、自分の好みの語り口、好みの落語家を探す、これも楽しみのひとつです。

 もちろん、落語会はただではできません。主催者にとって

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