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「三谷かぶき」ができるまで(中)

歌舞伎座にドレスが並ぶ

山口宏子 朝日新聞記者

 江戸時代、嵐に遭ってロシアに流れ着いた大黒屋光太夫たちの苦難の歳月を描いた新作歌舞伎『三谷かぶき 月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち』が、6月1日、東京・歌舞伎座で開幕する。

 三谷幸喜が作・演出し、松本幸四郎、市川猿之助、片岡愛之助らが出演するこの舞台の裏側を訪ねる【「三谷かぶき」ができるまで】。前回の舞台美術に続いて、今回は出演者の大半が洋服を着る衣裳(いしょう)に注目しました。未公開のデザイン画もご紹介します。

みたに歌舞伎稽古場で語る(右から)三谷幸喜、松本幸四郎、市川猿之助、片岡愛之助

 『月光露針路日本』は、みなもと太郎の漫画『風雲児たち』を原作にしている。

 光太夫ら17人を乗せた船は伊勢から江戸に向かう途中で遭難し、8カ月の漂流の末、アリューシャン列島の小島に流れ着く。そこでの暮らしを経て本土に渡った光太夫らは、次々と仲間が死んでゆく中、「くにに帰る」という不屈の信念で広大なロシアの地を横断。サンクトペテルブルクで女帝エカテリーナ二世と対面し、帰国を許される。

 10年にわたる物語の舞台は、海の上かロシア。衣裳も普段の歌舞伎とは異なる。そのデザインを前田文子(あやこ)が担当した。

衣裳で人物像を伝える

 

三谷かぶき舞台衣裳デザイナーの前田文子
前田は、いま最も活躍する舞台衣裳家の一人。現代演劇、ミュージカル、オペラ、バレエなど、幅広い分野の作品を手掛けている。三谷作品では、猿之助が主演し、榎本健一(エノケン)の偽物芸人の哀歓を描いた『エノケソ一代記』(2016年)や、愛之助がきまじめな科学者を演じた爆笑喜劇『酒と涙とジキルとハイド』(14、18年)、18年から19年にかけて上演されたミュージカル『日本の歴史』などの衣裳をデザインしている。

 歌舞伎の衣裳を手掛けるのは初めてだが、「歌舞伎を見るのは大好き。時間があれば、出来るだけ歌舞伎座に行くようにしています。勉強にもなりますし」と言う。

 「歌舞伎俳優の方たちとはこれまで、現代劇でご一緒してきましたが、本拠地では、よりリラックスしている感じがします。キャッキャと冗談を言い合う仲の良さの一方で、きちんと手をついて先輩にごあいさつするピシッとした礼儀正しさが印象的。ここでは大御所の(松本)白鸚さんから、14歳の(市川)染五郎さんまで三世代が一緒に舞台を作っている。歌舞伎という『大きな劇団』なんだなあと、改めて実感します」

 歌舞伎の古典演目では、原則として、役によって衣裳が決まっている。上演される演目と配役が固まると、俳優はそれぞれ、衣裳会社の担当者と打ち合わせをして、自分の衣裳を決めてゆく。衣裳は基本レンタルで、衣裳会社は保管する膨大な着物の中から、ふさわしいものを選び、その俳優の寸法に合わせて仕立て直す。衣裳には、先人たちが工夫を重ね、多くの人の目と長い時間とによって洗練された様式があり、俳優と衣裳会社の担当者がその知識を共有しているから、デザイナーや演出家がいなくても、美しく、バランスのとれた舞台を作り出すことができるのだ。

 だが、今回の『月光露針路日本』は新作。しかも、舞台の大半がロシアだ。そのため、前田は現代演劇やオペラなどと同じように、時代考証を踏まえて、多くの衣裳を新たにデザインした。

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