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少女はなぜ、松本清張に惹かれたのか?

映画監督・石山友美さんが読みとく、清張が魅力的な悪女を描いたわけ

前田礼 市原湖畔美術館館長代理/アートフロントギャラリー

拡大松本清張の魅力について語る石山友美さん

建築を学び渡米、映画監督に

 「少女は本を読んで大人になる」のシリーズで、松本清張を取り上げることになるとは、正直思っていなかった。「少女」と「松本清張」という、こちらの想定を裏切る組み合わせ。課題図書に『ゼロの焦点』を選んだ石山友美さんとは、一体どんな人なんだろう。

 実は寡聞にして、読書会のパートナーであるスティルウォーターがゲストの候補に石山さんの名前を挙げた時、私は彼女を知らなかった。

 プロフィールがユニークだ。建築家(石山修武氏)を父にもち、自らも建築を学び、磯崎新アトリエで働いたのち渡米、さらに建築を学ぶが、映像制作に興味をもち、映画監督になる。これまで2本の長編映画「少女と夏の終わり」「だれも知らない建築のはなし」を手掛け、現在は秋田の大学で教鞭をとっているという。

 実際にお会いした彼女は、明晰で、半端ない知性と教養にあふれていながら、ちっともそれが鼻につかない、「素直」という言葉がぴったりとくる、のびやかな人だった。

小学生で出会った清張のミステリー

拡大『ゼロの焦点』は1959年に発行された。何度も映画化・テレビドラマ化されている。
 石山さんが清張と出会ったのは、小学校高学年の時。『点と線』、『ゼロの焦点』、『砂の器』といったミステリーにはじまり、それから中学生にかけて、徹夜するほどはまって読んだ初めての作家が、清張だったという。祖父母も同居する大家族。みな本好きだったが、それぞれ嗜好が異なるなか、全員が共通して読んでいたのが清張だった。

 少女の石山さんが清張作品に強く惹かれたのは、様々な人物が登場する「群像劇」ともいえる作品の成り立ちと、そこから見える時代や社会だった。戦後から高度経済成長にかけての昭和という動乱の時代。まだ「階級」が残り、都市と農村の格差が拡がっていく時代でもあった。

 様々なレイヤーで描かれる格差。清張の小説のキーワードでもある「鉄道」は異なる地域、異なる階級を移動するメディアであった。石山さんは清張の小説を通して、そうした昭和の空気を感得していく。


筆者

前田礼

前田礼(まえだ・れい) 市原湖畔美術館館長代理/アートフロントギャラリー

東京大学大学院総合文化研究科博士課程(フランス語圏カリブ海文学専攻)在学中より「アパルトヘイト否(ノン)!国際美術展」事務局で活動。アートフロントギャラリー勤務。クラブヒルサイド・コーディネーター。市原湖畔美術館館長代理。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「ヨーロッパ・アジア・パシフィック建築の新潮流」等の展覧会やプロジェクトに関わる。『代官山ヒルサイドテラス通信』企画編集。著書に『ヒルサイドテラス物語―朝倉家と代官山のまちづくり』(現代企画室)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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