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村上春樹の短編小説が古川雄輝を主演に舞台化

原作とは違う世界観を味わってほしい

米満ゆうこ フリーライター


拡大古川雄輝=安田新之助撮影

 村上春樹の短編集『神の子どもたちはみな踊る』が日本で初めて舞台化される。兵庫県芦屋市で育った村上が、1995年に西日本で起こった阪神・淡路大震災をテーマに書き、世界中にいる村上ファンの間でも名作の一つとして知られている。今回、主演する古川雄輝が大阪市内で取材会を開き、村上作品や震災、舞台に対する思いを語った。

震災の事実を共通認識として持ち、風化させてはいけない

 古川が舞台に主演するのは3年ぶり。「世界的に有名な村上春樹さんの原作ということで、今は嬉しさと、挑戦する気持ちでいっぱいです」。古川が村上作品に触れたのは初めてで、「ストーリーはシンプルで読みやすい。さまざまな比喩表現があり、実はこういう意味があるのではないかと考えさせられる。読む側が自由に解釈出来る部分が大きくて、それがハマる理由なのかなと思いました」と話す。

 『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社刊)は、6つの短編作品で構成されている。当時、アメリカに在住していた村上が、テレビで状況を知り、「作家として何が出来るだろうか」と考えて書き下ろした作品だ。震災そのものを描くのではなく、震災を軸に、空虚さや石のような闇をかかえた様々な人々が登場する。「僕は、阪神・淡路大震災のときは、カナダに住んでいて被災をしていないし、8歳ぐらいだったんです。ニュースとして知ってはいましたが、子どもだったので、まだあまり状況を理解できていなかったです。別世界の話、という訳じゃないけれど、よく分かっていなかったと思います。」と当時を振り返る。「被災を直接していないので、それについて話すのはすごく難しいですし、震災についてはそれぞれ人によって捉え方が違うと思っています。作品を通して観た方それぞれの思いを持ちかえって頂ければと思います。震災があったということは共通認識として持っておくべきで、記憶は風化させてはいけないと考えています」

僕はロジカルに考え、答えを求める理系男子

拡大古川雄輝=安田新之助撮影

 今回は、米国人の演出・脚本家フランク・ギャラティが、短編集の中から『かえるくん、東京を救う』『蜂蜜パイ』の二つの作品をミックスし、2005年に米国で上演された台本を使う。ギャラティは、国内外で高い評価を受けた村上原作で蜷川幸雄演出の『海辺のカフカ』でも脚本を担った。村上独特の洗練された歯切れのいい文体、ユーモアあふれる会話、ユニークな比喩表現、物語に潜む暴力性、音楽のようなリズムを損なわず、その世界観を美しく表現した台本が印象的だ。

 「僕は、『蜂蜜パイ』に出てくる淳平という小説家を演じます。少し内気で不器用で、松井玲奈さん演じる友人の小夜子のことが好きなんですが、自分の気持ちを伝えることができない。そんな淳平が『かえるくん、東京を救う』を書いているという設定で、淳平だけではなく、語り手になったり、ほかの役柄も演じたりすることになっています」。『蜂蜜パイ』は、大学時代からの親友である淳平と高槻、小夜子の三角関係を描いた物語。淳平の小夜子への想いは叶わず、高槻と小夜子は結婚する。しかし、数年後二人は離婚し、高槻は淳平に小夜子と結婚するように勧めるが、淳平は煮え切らない。淳平は村上作品に共通する、集団行動を好まないクールで自立した孤独な主人公だ。取材でクールな印象を受ける古川と少し似ているように思える。「僕がクールかどうかは分からないですけど(笑)、自分の思いを伝えるのは苦手。不器用なのは若干、淳平に似ているかなと思います。女性に対して、僕もガツガツいけないんですが、自分に好意があるかどうか確かめるぐらいのことはすると思います(笑)。相手の気持ちを探りながら『自分も好きなんだよ』と雰囲気は見せるようにはします。また、僕は淳平のように文系男子ではなく理系男子なんで、そこは全然違うんですよ」。そう、古川は慶應義塾大学 理工学部システムデザイン工学科卒業の堂々たる理系男子なのだ。

 「理系男子はロジカルにものを考え、答えを欲しがるんです。村上さんの作品は具体的な結末が分からないことが多いと思うんです。今作も淳平がある決心をするところで終わるんですよね。その後は、皆さんの想像にお任せしますが、僕としては答えが欲しいんです。そこが理系なんでしょうね。ほかにも、この表現はどういう意味なんだろうとすごく知りたいことも多く、今回演出を手掛ける倉持裕さんにうかがいたいことがたくさんあります。一度お会いしたときに、倉持さんに聞いたら『稽古場で』と言われました。だから、まだ稽古に入っていない今は(※取材時)、分からないことが多くて……最近、取材を受けることも多いので、非常に困っているんです(笑)」

かえるくん、みみずくんとは、一体、何だろう?

拡大古川雄輝=安田新之助撮影

 一方、『かえるくん、東京を救う』は、センチメンタルさも漂う『蜂蜜パイ』とはテイストが全く違った作品だ。信用金庫に勤める風采の上がらないサラリーマンの片桐の元に、2メートルほどの巨大な蛙の〝かえるくん〟が現れる。かえるくんは、地下で気持ちよく眠っていた巨大なみみずくんが震災で目を覚まされ、その怒りで東京に再度、大地震を起こそうとしているので、片桐に東京を壊滅から救って欲しいと頼む。村上作品にはおなじみの、人間の言葉を話す不思議な動物たちが登場する。だからといってファンタジーではなく、ユニークかつシュールで相当、生々しい。「『かえるくん、東京を救う』のほうが難しいですよね。かえるくんとは一体、何?というところからです(笑)。みみずくんも一体、何なんだろうと(笑)。いやー、正直、分からないですね。特に最後のシーンは意味深な文章がけっこうあって、分かんないです。捉え方もたくさんありますし……」と、戸惑いを隠せない。かえるくん、みみずくんとは何かの概念なのか、本当の生き物なのか。不透明なまま、読み手はその世界にグイグイと引き込まれ、読後はリアルさが絵画のように鮮烈に身体に残る。そこも村上ワールドの魅力だ。古川は、観客には事前に小説を読むことを勧めたいという。「原作と台本は印象が違いますね。原作を読んだ方は、また違う村上さんの世界観が味わえる。それに、原作を読んでいるほうが、『あのシーンはこんな風に再現しているんだ』という楽しみ方ができる。短編で読みやすいですし、僕も初めてでしたが読みやすかったので、読んでない方はおススメします」

 関西では、村上にゆかりのある神戸でも公演される。「神戸は街並みがきれいで居心地が良い印象です。震災が起こった場所とは思えませんでした。舞台は、お客さんがどう震災を経験したかによって感じるものが違うと思います。村上さんのファンの方にもたくさん見に来ていただけると思うので、正直、プレッシャーでもあります(笑)。ファンの方ほど、小説に対して理解があるとは言えないですからね。でも、どの作品をやるときもそうですが、原作があるものは、なるべく原作に近いイメージを持って挑みます。村上さんのファンの方に淳平は僕で良かったなと思ってもらえるように、倉持さんと話し合いながら作っていきたいです」

苦手に感じるもののほうが、やったほうがいい

拡大古川雄輝=安田新之助撮影

 映像のイメージが強い古川だが、デビューは意外にも舞台だった。「100人ぐらいのキャパの小劇場で、バーテンダーの役。劇団員の皆さんとステージを作るところから始めました。そう思うと、舞台で主演ができるのはありがたいことです」。主演をやる今でも、挑むという気持ちに変わりはない。「やりたい、やりたくないより、僕にできるのかなと考えてしまう。若干ネガティブなので(笑)。でも、こういう話をいただけることはありがたいですし、僕ができることはやってみたい。やりたくないと思っているとしたらそれは苦手だからだと思うんです。できると分かっているものは楽ですからね」。楽することを選ばないとは頼もしい。「映像作品の撮影は現場に入ってリハーサルをしてすぐ本番に入るので、自分が準備してきたものを、どれだけよくパフォーマンスできるかを大事にしています。でも、舞台は、稽古期間を通して上を目指し成長できるチャンスなので、心して取り組みたいと思っています」

 今作は親交のあった蜷川と村上の『海辺のカフカ』に続く、『Ninagawa×Murakami』の第2弾として企画されながら、蜷川の逝去で中断。演出家・脚本家の倉持にバトンが渡された。稽古に入り、どのような村上ワールドが作られていくのか期待がかかる。「今まで舞台をやってきて、大変じゃなかったことはないです。今回もとても大変で難しいとは思いますが、その分楽しみでもあります。仕事は苦しく感じることばかりではなく楽しくやりたい。そして楽しさを得るためにはしっかりやらなくてはいけないと思っています。今回は、楽しくやることをテーマに掲げていきます」

◆公演情報◆
舞台『神の子どもたちはみな踊る』
東京:2019年7月31日(水)~2019年8月16日(金) よみうり大手町ホール
愛知:2019年8月21日(水)~2019年8月22日(木) 東海市芸術劇場 大ホール
神戸:2019年8月31日(土)~2019年9月1日(日) 神戸文化ホール 大ホール
公式ホームページ
[スタッフ]
原作:村上春樹
脚本:フランク・ギャラティ
演出:倉持 裕
[出演]
古川雄輝、松井玲奈、川口覚、横溝菜帆/竹内咲帆(子役・Wキャスト)、木場勝己

筆者

米満ゆうこ

米満ゆうこ(よねみつ・ゆうこ) フリーライター

「三度の飯よりアートが好き」で、国内外の舞台を中心に、アートをテーマに取材・執筆。ブロードウェイの観劇歴は20年以上にわたり、ブロードウェイの劇作家トニー・クシュナーや、演出家マイケル・メイヤー、スーザン・ストローマンらを追っかけて、現地で取材をしている。

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