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成河、「カルチベートチケット」の成果と限界/下

「演劇はゴールではなくて きっかけにすぎない」という考え方が好き

中本千晶 演劇ジャーナリスト


成河、「カルチベートチケット」の成果と限界/上

お客さんとの対話も役者としての訓練に

拡大成河=伊藤華織 撮影

――トークイベントでは、お一人お一人とじっくりコミュニケーションされていました。

 お客様の側も話すネタは尽きなかったと思うんです。だってお客様からしてみたら、寄付をしてくださって、観劇し慣れないお友だちを探してみて、誘って劇場に行ってもらう過程でのいろんなストーリーを持って、あの場に集まってそれを披露してくださるわけですから。僕、「演劇はゴールではなくて きっかけにすぎない」という考え方がすごく好きなんです。つまり僕たちは触媒であって、終わった後に議論が生まれて初めて演劇は成功する。作品として優れているかどうかなんてどうでもよくて、終わった後にいろんな人たちがいろんなことを話し合っている状況こそが目指すべき姿だと思うし、これほど楽しいエンターテインメントはないと僕は思う(笑)。もちろん今は個人で楽しむ時代ですが、だからこそ演劇は最後の砦ですよ。「ええっ、あそこで泣いたの? そんなの爆笑するところじゃん」なんていう会話が初めて演劇を立体化させていくし、そこで初めて実人生と地続きに捉えられると思うんです。

――成河さんのトークイベントでは、お客さんとの間の壁が全然感じられないのが不思議な気がします。

 僕は自分のやっていることに「ファンイベント」という名前をつけられたら、立ち上がって1時間でも「それは違います」と抗議しますよ。あれは寄付してくださった方々からの意見の聴取会だったんです。寄付をしてくださった方にお礼がまず言いたかったし、そういう意味では最もコアな場所ですよ。「ファン」対象なら普通もうちょっと広げるでしょう?

――いろんなお客さんがいらっしゃるでしょうから、一対一でコミュニケーションするって大変じゃないですか?

 でも、俳優の仕事ってそういうことじゃないですか。僕にとって演劇を上演したりセリフを覚えて舞台に上がって役を演じることと、あの場でお客さんと話すことは全然別の作業じゃないんですよ。言い方を変えれば、あれだけ役者の訓練になる場所はないですよね。

――なるほど……。

 それもありがたいですし、それが僕の心を豊かにしてくれます。だから大変じゃないですよ。

演劇は一生懸命見られるとうまくいかない

拡大成河=伊藤華織 撮影

――今回カルチベートチケットが243枚、36公演あったので、単純に計算すると1公演あたり6〜7人の「普段演劇を見慣れない人」が客席にいたことになります。

 客席数が180だったので割合としてはこれは大きかったです。

――やっぱり違うものですか?

 全然違います! それは舞台上に立っている人間が一番わかりますから。今日はどんなお客さんがいてどんな雰囲気なのか、昨日と今日のお客さんは何がどう違うのか、理屈じゃなくて、これはもう宮大工さんが木の違いを嗅ぎ分けるような話ですよ。でも、俳優ってそれが出来なかったら多分ダメなんです。僕だって全然まだ途中ですけど、やっぱりわかります。だからこそ、この問題についても俳優が声を上げていかなきゃいけないんですよ。

――どう違うんですか?

 「一生懸命見ている人たちなのか、そうではないのか」というのが大別してあります。 それで意外と一生懸命見てくれてない人がいる回の方がうまくいくんですよ。演劇は一生懸命見られると実はうまくいかないことの方が多いんです。

――ええーっ!

 びっくりするでしょう?(笑)

――なぜ?

 予想外のことが起きないからですね。子供たちの前でパフォーマンスすることを考えてみると一番わかりやすいですよね。

――ああ、なるほど!

 子どもたちってザワザワしているでしょ。本当に何か劇的なことが起こらない限り、反応なんか絶対しない。ワーワー喋って好きなことやってるけど、何かが起きた時にはスッと皆が同じ方向を向くんですね。その瞬間だけが「演劇」だという話なんですよ。「さあ今からここで何かが起きるぞ」とみんなが見ていても「演劇」は起こらないんですよ(笑)。

 ですから演劇を愛してくださる方にもよく言うんです。「一生懸命見ないでください」 って。ただ、一生懸命見ざるを得ない金額だということも大きな問題なんですよ。そのために今回は2000円にしました。もちろん「演劇に人が来ないのは値段の問題じゃないよ」という声があるのも分かります。ただ、2000円だったらジャケ買いができる価格でしょ。「ジャケ買いして1回見て、ダメでもまあいいや」という人が客席にいないと「演劇」ってやっぱり起こらないんですよ。

『エリザベート』も荒波に突き落とすべき

拡大成河=伊藤華織 撮影

――じゃあ『エリザベート』にもそれは必要だと思いますか?

 「宮大工さんが木の違いを嗅ぎ分ける」みたいなことが1800人の劇場ではより困難になりますし、客席には僕が思うよりもいろんなお客さんがいるだろうということもわかっています。ただ同時に、1800人と母数が大きくなればなるほど、今度は客席の中で排他的な動きが生まれてくる。つまりルールや「見方」ですね。カーテンコールの迎え方や手拍子の仕方、拍手のお行儀、日本人が美徳としてそういうものにこだわるのはいいことだと思います。 ただ、それがある瞬間に排他的になると、「何でそうしなければいけないんだろう?」と思う人たちを全員追い出すことになる。

 舞台に立つ側としては何でもいいんです。好きに過ごして欲しいし、感動なんかしなくたっていい。その人が何を大事に思うかを決める権利はこちらにはない。でも、その作品を愛好してくださる方達が大勢を占めて行った時に、無意識的な集団心理が生まれがちです。要するに同調圧力ですよね。もちろん誰が悪いわけでもないのですが、それが実は演劇の一番の敵になることもあると思うので、これにもみんなで立ち向かいませんかっていうことなんです!

――成河さんが『エリザベート』に出演する意義はそこですか?

 面白い作品だからですよ。もちろん興味があるから僕は今こういう話をさせてもらっていますが、本当はこんな話なんてしないで済むなら、その方が幸せです。役者として面白い作品、面白い役、面白いテーマ、面白い演技のことだけ考えていたい。でも僕は、これは面白いと思う作品が然るべき扱いを受けなかったりすることが許せなかったりもするんです。

 『エリザベート』は初期衝動として実はとても社会的だったり歴史的なものを持っていて、公共劇場にかけても遜色ないと思うようなエンターテインメントですが、そういったものはやはり多くの観客を集めていく中で少しずつ薄れてきたりするわけです。でも、作品の初期衝動を常に持っていることは大事で、僕が『エリザベート』をやるのは作品がとても面白いと思うからです。日本人にとっても意義があると思う。これはアメリカじゃ全然受けませんからね。「絶望の甘美」とか「自由になりたいけどなれない」とか、皇室や王室がある国は分かるんです。……アメリカ人は笑いますからね(笑)。

――「自由なのが当たり前でしょ」みたいになりそうです。

 「全部捨てて逃げろよ、何をそんなに悩んでいるんだ」とね。かつ、歴史劇としては第1次世界大戦の発端となる話ですから、君主制が終わってナショナリズムが出てきて世界が戦争に巻き込まれていくとき、日本はどう関わっているのか? 実はそこに目が行くと、より意味のある上演になる。もちろん今までずっと好きで見てくださっている方はとても教養のある方が多いので、そういったことも俯瞰しながらご覧になっているでしょうけど。

――最近のお客さんは、とてもよく勉強してらっしゃいますよね。

 ほんとうに! でもそこにどうやって「たまたまふらっと来て見たけれど衝撃を受けた」という人を増やせるか? それに尽きます。そのことをお客さんと一緒に考えてみたかった。『エリザベート』だって20人でも30人でも、できれば100人ぐらいでも、そういう客層がいたら……断言します。作品が良くなります。みんなで守ろうとして守ろうとして作品は悪くなるんですよ。荒波に突き落とさないと作品は良くはならない。

〈成河プロフィル〉
東京都出身。大学時代より演劇を始める。近年の主な舞台出演作品は、『スリル・ミー』『Fully Committed』『黒蜥蜴』『人間風車』『子午線の祀り』『髑髏城の七人Season花』『わたしは真悟』『エリザベート』『グランドホテル』『スポケーンの左手』など。2008(平成20)年度文化庁芸術祭演劇部門新人賞受賞、第18回読売演劇大賞 優秀男優賞受賞。
公式ブログ
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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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