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「使えない文化財」は後世に残さなくていいのか

ネットオークションによる散逸に加え、観光振興に役立つ文化財が優先される時代に

西村慎太郎 国文学研究資料館准教授、NPO法人歴史資料継承機構代表理事

 戦国武将や幕末の志士といったヒーローたちの古文書が発見されたという新聞やテレビの報道などをよく見かけるのではないだろうか。ぐにゃぐにゃな「くずし字」で書かれ、専門的な訓練を受けていなければ読めない代物であるが、「歴史ロマン」の一断章として興味深いためか、大きく報道され、注目を集める。

 一方で、古文書は、ヒーローが登場しなくても地域の歴史と文化を明らかにするための重要な歴史資料のひとつだ。近年では過去の災害の記録を分析することで、ハザードマップの充実化を図り、地域の防災・減災の一助にしようとしている。歴史好きや歴史研究者のためだけではなく、古文書は社会にとって重要なツールであるといえよう。

 その古文書が危機的な状況に置かれている。古文書は博物館・図書館・文書館・研究機関などに収蔵されているのみならず、旧家や地域の公民館、寺院・神社などにものこされている。それらは民間所在資料などと呼ばれているが、これらが現在、散逸や廃棄の危機にある。ここでは、この危機の現状を述べるとともに、いま考えるべき対策を検討してみたい。

古文書1拡大貴重な古文書が散逸の危機にある=西村慎太郎さん提供

ネット普及が及ぼす民間所在資料の散逸

 民間所在資料は、親から子への代替わりに伴う相続、引っ越し、大掃除など日常の中に散逸・廃棄の危険が潜んでいることを、筆者は様々な機会に述べてきた(例えば、拙稿「文書の保存を考える」、『歴史評論』750号、2012年など)。また、大規模自然災害も散逸・廃棄の要因のひとつであるが、紙媒体の古文書は火や水に弱く、カビや虫による害も受けやすい。環境の変化によって、1000年のこされてきた古文書も瞬時に失ってしまうこともあろう。

 さらに近年、古文書の散逸・廃棄の要因としてインターネットが挙げられる。筆者がインターネットのオークションサイトに対して、初めて警鐘を鳴らしたのは2008年4月のNHK甲府放送局の「金曜山梨」という番組だ。そこでは国内のオークションサイトを事例として、長野県諏訪地域の古文書が大量に、しかも分割されて入札を待っていた。

 少しだけ蛇足的に述べれば、古文書一点で語ることのできる情報は必ずしも多くない。記された内容に加えて、紙の色や材質、文字の配列、印章が押される位置、宛名の書かれる位置など、重要な情報があるのだが、その古文書が伝来した状況、一緒にのこされた他の古文書の存在、古文書が収められた箱、その箱の置かれていた屋敷内での場所など、周辺の情報も不可欠であり、分割して売られてしまうと、そのような情報が全て失われてしまう。ひとつの家にのこされた古文書の「群」は、ひとつにまとめて保管されるべきであり、この状況が失われてしまうことは、地域の歴史像の構築に少なからぬ影響があるものといえよう。

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筆者

西村慎太郎

西村慎太郎(にしむら・しんたろう) 国文学研究資料館准教授、NPO法人歴史資料継承機構代表理事

1974年生まれ。博士(史学)。専門は歴史学・アーカイブズ学及び歴史資料の保全。主要著書として『宮中のシェフ、鶴をさばく』(吉川弘文館、2012年)、『生実藩』(現代書館、2017年)。

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