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「使えない文化財」は後世に残さなくていいのか

ネットオークションによる散逸に加え、観光振興に役立つ文化財が優先される時代に

西村慎太郎 国文学研究資料館准教授、NPO法人歴史資料継承機構代表理事

平成の大合併や公務員削減で受難の時代に

 さらに、2000年以降の問題点として、公務員削減による文化財担当者などの減少と多忙化、平成の市町村合併による文化財行政の広域化、学校教育の多忙による教員が関与することの困難とそれに伴う郷土史の衰退が挙げられよう。加えて、このような状況のもと、近年、毎年発生している大規模自然災害があり、古文書のみならず歴史資料が失われている。

 ところで、1990年代後半、古文書などの歴史資料の保存が家や地域のアイデンティティに不可欠な財産であると評価されていた(高埜利彦「歴史研究者はまずアーキビストたれ」、『地方史研究』275号、1998年。のちに同『近世史研究とアーカイブズ学』青史出版、2018年所収)。この評価は揺るぎないものであるが、今、その言説を自明とし、広く人びとに通用するかといえば、疑問を持たざるを得ない。

 そもそも地元の歴史的な事物にどれだけの人びとが興味を示しているのであろうか。どれだけの子どもたちが地元の歴史に共感を持つであろうか。古文書に記された土地や産業、景観や隣の村との村境争論を実感できるであろうか。ぐにゃぐにゃ文字で記された古い紙がアイデンティティだとしてとして捉えることの方が無理なのではないか。

 すなわち、現在、古文書が地域アイデンティティとして位置付け得るという言説は幻想に過ぎず、歴史研究者などの丹念かつ詳細なプレゼンテーションが求められる時代になったものと思われる。

自治体には速やかな古文書の所在確認を勧めたいが……

 2018年7月、とある古書店のサイトに東京都西多摩郡檜原村の古文書群が売られていた。檜原村は、筆者の自宅のごく近くであり、江戸時代から明治時代は都市・江戸で利用される炭、すなわちエネルギー供給源である檜原村の古文書に興味を惹かれ購入した。もちろん、古文書の散逸・廃棄という点からも地元の郷土資料館や図書館へ戻すことを踏まえての購入である。

 しかし、購入した古文書群の内容は驚くべきものであった。全115点の古文書のうち、6点は『檜原村史』編纂段階で整理されたであろう封筒に収められていた(このように自治体史編纂時の封筒に収められたまま売りに出されていることは珍しいことではない)。2019年1月より檜原村教育委員会と連携して、今後の古文書の所在確認や未整理の古文書の保全を進めることを提案した。同教育委員会はこの問題に対して重要視し、筆者の指摘や提案を踏まえて、今年度から地元にのこされている(のこされているであろう)古文書の再調査などを共同で進めることになった。

 冒頭で述べたように、古文書群がインターネットで売買されている事例は後を絶たない。所有権があるものなので、散逸も廃棄も個人次第であるが、例えば、現在、筆者が大学の授業の中で目録の作成及び歴史研究を学生とともに行っている茨城県内のある古文書群の場合、その古文書について、自治体史の中で次のように記されている。

(当主は)几帳面な性格で役職時の文書を保存され、現在「○○(2字伏字。引用者註)家文書」として貴重な資料となっている。

 この「○○家文書」の全体かどうかは不明ながら、少なくとも地域の貴重な古文書は流出し、流れ流れて、筆者のもとにたどり着いた。この自治体史は1991年に刊行されたものであり、既述の『檜原村史』は1981年の刊行。すでに自治体史編纂・刊行から数十年を経ており、三重県の事例から明らかなように、多くの古文書が散逸・廃棄されている可能性が高い。自治体には速やかな古文書の所在確認調査の実施を勧めたいが、2000年以降の戻ることのない民間所在資料受難の時代、自治体の職員にこれ以上の負担を強いることなどできない。

古文書1拡大檜原村の中心である上元郷=西村慎太郎さん提供

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筆者

西村慎太郎

西村慎太郎(にしむら・しんたろう) 国文学研究資料館准教授、NPO法人歴史資料継承機構代表理事

1974年生まれ。博士(史学)。専門は歴史学・アーカイブズ学及び歴史資料の保全。主要著書として『宮中のシェフ、鶴をさばく』(吉川弘文館、2012年)、『生実藩』(現代書館、2017年)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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