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「梅田 蔦屋書店」にみる出版界蘇生のヒント

大槻慎二 編集者、田畑書店社主

「梅田 蔦屋書店」拡大「梅田 蔦屋書店」の棚=撮影・筆者

マーケティングとは異なる<思考>で

 書店の棚を雑誌づくりになぞらえるのがいかに浅薄なたとえであるかを思い知らされたのは、先ほど紹介した「ユリイカ」に収録されている「読書の学校 これからの書店と愛する本」という座談会である。これは「梅田 蔦屋書店」の特別イベントとして企画されたもので、三砂さんを聞き手として、ジュンク堂の福嶋聡さん、紀伊国屋梅田本店の百々典孝さん、スタンダードブックストアの中川和彦さんが出席されている(前述した三砂さんの文章は、この座談会の「付記」として収録されている)。

 その中で、百々さんが紀伊国屋書店の2代目の社長・松原治さんの『三つの出会い――私の履歴書』(2004年、日本経済新聞社)のなかの次のような言葉を紹介している。

 「本屋ってのはすぐお金が戻ってくるものじゃなく農業的なもので、種を蒔いて、大きくなってようやく回収できるものだ。すぐにお金になるものではない」
 「書店員はプロデューサーで、本が俳優で、棚は舞台。そこをいい舞台にするには、プロデューサーがしっかり俳優を動かして……」

 書店を農業にたとえるのも、舞台をめぐるプロデューサーと俳優にたとえるのも、いちいちが納得できる。

 また、三砂さんに伺ったお話のなかで、こんな言葉があった。

 「これまで諸先輩方がいろんな試行錯誤をされて、棚を作ってこられた。そのことを思うとまだまだ足元にも及ばないんだな、と思いますね」

 その言葉を裏付けるように、前述の座談会では世代間の伝承ということ、書店という空間の共時性のみならず、通時性を意識した発言が多くみられたことには注目したい。

 出版社・取次・書店の三者のうち、のっぴきならない、いちばん厳しい環境に置かれているのは書店であることに間違いない。そしてまた書店はいちばん読者に近い存在でもある。

 その書店が明らかに変わり始めている。真の変革は、もっとも辛い思いをした者から出てくるのはこの世の常。従来マーケティングと呼ばれたものとはまったく異なる〈書店オリエンテッドの思考〉に、もしかすると出版界を甦らせるヒントがあるかもしれない。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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筆者

大槻慎二

大槻慎二(おおつき・しんじ) 編集者、田畑書店社主

1961年、長野県生まれ。名古屋大学文学部仏文科卒。福武書店(現ベネッセコーポレーション)で文芸雑誌「海燕」や文芸書の編集に携わった後、朝日新聞社に入社。出版局(のち朝日新聞出版)にて、「一冊の本」、「小説トリッパー」、朝日文庫の編集長を務める。2011年に退社し、現在、田畑書店社主。大阪芸術大学、奈良大学で、出版・編集と創作の講座を持つ。フリーで書籍の企画・編集も手がける。